全 情 報

ID番号 07310
事件名 雇用関係存在確認請求事件
いわゆる事件名 新星自動車事件
争点
事案概要  同僚との殴り合いを理由とするタクシー乗務員に対する懲戒解雇につき、企業秩序に生じた混乱は決して小さいものではないとして、右懲戒解雇が有効とされた事例。
 懲戒処分理由として主張できるのは、使用者が処分時に処分の対象とする意思を有していたものに限定され、処分当時使用者が認識していなかった非違行為については訴訟において追加主張できないとされた事例。
参照法条 労働基準法89条9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 暴力・暴行・暴言
懲戒・懲戒解雇 / 裁判における懲戒事由の追加・告知された懲戒事由の実質的同一性
裁判年月日 1999年3月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 15759 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例767号74頁/労経速報1697号14頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-裁判時における懲戒事由の追加〕
 (一) 本件解雇の理由について
 (1) 懲戒処分は、企業秩序に違反した行為に対する一種の制裁罰であり、その処分の対象は、企業秩序に違反する特定の非違行為であって、懲戒解雇はあくまでも特定の非違行為を対象とする制裁罰として使用者が有する懲戒権の発動により行われるものであるから、対象とされた非違行為が何であるかを確定する必要がある。
 そして、懲戒事由に該当する複数の非違行為が存在する場合でも、使用者は、必ずその全部を対象として単一の懲戒処分をする必要はなく、その一部だけを対象として一個の懲戒処分に付することもできるし、幾つかに分けて複数の処分に付することもできると解される。
 したがって、懲戒処分の対象となる非違行為は、使用者が処分時に処分の対象とする意思を有していたものに限られるわけであり、一般的には、処分当時使用者が認識していなかった非違行為を、使用者が懲戒処分の対象としていたとはいえないのであって、処分時に客観的には存在していたが、処分当時使用者が認識していなかった非違行為については、使用者は、既になされた懲戒処分とは別個に、これを対象として懲戒処分を行うことができると解される。
 また、懲戒処分の対象とされなかった非違行為をもって処分の適法性を根拠づけることはできないと解され、したがって、処分時に客観的には存在していたが、処分当時使用者が認識していなかった非違行為については、懲戒処分の適法性を根拠づける目的でこれを訴訟において追加主張することは原則として許されないと解される。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
 (1) 本件解雇は懲戒権の行使としてされたわけであるから、本件殴り合いが本件就業規則一三二条八号に該当する場合であっても、企業の存立ないし事業運営の維持確保を目的とする懲戒の本旨に照らし、本件殴り合いが企業の存立ないし事業運営の維持確保に及ぼす影響や企業秩序に生じた混乱の有無、程度のいかんによっては本件解雇が懲戒権の濫用とされる余地がないではないと解される。
 本件においては、平成九年五月三一日朝に起きた本件殴り合いとは、Aが車内において原告を一回殴ったことによって始まったものであるとはいえ、その後車内においては原告が専らAに対し暴行を加えていたのであって、車外に出た後はAが原告に対しヘルメットを使って何回も暴行を加えていたというものであり、要するに、Aと原告のけんかであることは明らかであること(前記第三の一3(三))、それにもかかわらず、原告はAとの殴り合いはけんかではなく、Aによる一方的な暴行とそれに対する正当防衛であると執拗に主張し、それを前提にAと和解するに当たってはAが休業損害と治療費を支払うことに固執し、Aがそれを受け入れなければ、あくまでも刑事事件として処理するよう求め、本件殴り合いがけんかであることを指摘した上で和解するよう求めるBの説得を聞き入れようとしなかったため、野方警察署はAと原告との殴り合いを刑事事件として立件せざるを得なくなったこと(前記第三の一1(五))、被告も野方警察署からの示唆を受けてAと原告が和解をすればしばらく二人に内勤をさせた後に乗務させようと考えていた(〈証拠・人証略〉)が、本件殴り合いが刑事事件として立件される以上、Aと原告を本件就業規則に則って厳正に処理しなければならなくなったこと(前記第三の一1(五))、本件殴り合いは被告の車庫内に停車中のタクシーの車内及び車外において行われた乗務員同士のけんかであり(前記第三の一1(二)、第三の一3(三))、本件殴り合いの結果、原告は本件殴り合いが行われた翌日である平成九年六月一日から本件解雇の意思表示がされた同月七日まではBに呼び出された同月四日か同月五日を除いては被告に出社せず、Aは同月一日以降毎朝出勤していたが、被告は本件殴り合いの決着がついていなかったので、Aを乗務させなかった(前記第三の一1(九))のであって、被告の乗務員の中では売上げが非常に多いAと原告(前記第三の一1(一〇))が乗務しなかったり被告の判断で乗務させなかったりしたことは、Aや原告のみならず被告にとっても大きな損失であったと考えられること、原告は本件殴り合いの直後に警察と救急車を呼んでいるが、本件殴り合いの直後は午前七時すぎころであって(前記第三の一1(二))、そのような時間帯にパトカー救(ママ)急車が被告方に到着したというのであるから、被告の近隣に住む者の耳目をひいたものと考えられること、以上の事実が認められる。
 これらの事実によれば、本件殴り合いが企業の存立ないし事業運営の維持確保に及ぼした影響や企業秩序に生じた混乱は決して小さなものとは考えられないのであって、本件殴り合いが本件就業規則一三二条八号に該当することを理由にした本件解雇が懲戒権の濫用であると認めることはできない。
 (2) 本件就業規則一三三条は「懲戒解雇事由に該当するもので、過去の勤務成績、程度等の情状を酌量し、懲戒解雇を免じ他の懲戒に処するか又は解雇或は退職にすることがある。」と規定しているが、右(1)で認定、説示したことに照らし、被告が原告を懲戒解雇以外の他の懲戒にすべきであったとか、退職させるべきであったなどということはできないのであり、被告が原告に対する懲戒として懲戒解雇を選択したことが懲戒権の濫用であるということはできない。