全 情 報

ID番号 07369
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 システムコンサルタント事件
争点
事案概要  システムエンジニアとしてコンピューターソフトウエアー開発等を目的とする会社で勤務していた労働者が脳出血で死亡したことにつき、その両親が、死亡は長時間労働等過重な業務によるストレス等に原因があったとして会社を相手として安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求したケースの控訴審で、損害賠償額は減額されたが、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を認容した原判決の結論が維持された事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1999年7月28日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ネ) 1785 
裁判結果 一部変更、一部棄却(上告)
出典 タイムズ1006号96頁/労働判例770号58頁
審級関係 一審/07097/東京地/平10. 3.19/平成3年(ワ)2061号
評釈論文 小畑史子・労働基準52巻5号19~23頁2000年5月/保原喜志夫・月刊ろうさい53巻1号4~8頁2002年1月/木下潮音・経営法曹128号35~45頁2000年8月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aは、一審被告に勤務して以来、恒常的に過大な労働をしてきたが、本件プロジェクトにおいてプロジェクトリーダーに就任してから死亡するまでの約一年間は、時間的に著しく過大な労働を強いられたのみならず、極めて困難な内容の本件プロジェクトの実質的責任者としてスケジュール遵守を求めるB会社及びC会社と、増員や負担軽減を求める協力会社のSEらの、双方からの要求及び苦情の標的となり、いわば板挟みの状態になり、高度の精神的緊張にさらされ、学生時代に行っていたスポーツをしなくなり、死亡する一年くらい前からはドライブにすら行かず疲れたと述べて夕食後早々に寝てしまうような状態になるなど、疲労困憊していたものと認められる。
 以上のとおり、Aの死亡前の業務が著しく過重であったことは明らかである。〔中略〕
 右のようなAの血圧の急激な上昇経過に照らせば、加齢等の自然的増悪要因が存在することを考慮しても、なお自然的経過を超えて高血圧を増悪させる要因が存在したことは明らかであるというべきところ、昭和五四年以降、Aは、前記認定のとおり、年間総労働時間が平均約三〇〇〇時間近くの恒常的な長時間労働をしていたこと、右長時間労働に合わせるようにAの血圧が年々上昇していったことを考慮すると、Aの高血圧は、右長時間労働に基づくストレス等を原因として上昇した本態的(ママ)高血圧であると認定するのが相当である。〔中略〕
 本件プロジェクトにおけるAの業務は、困難かつ高度の精神的な緊張を伴う過重なものであったこと、高血圧患者は血圧正常者に比較して精神的緊張等心理的ストレス負荷によって血圧が上昇しやすいこと、しかるところ、Aの基礎疾患たる本態性高血圧は、昭和五四年以降の長時間労働により、自然的経過を超えて急速に増悪していたところ、これに加えて、平成元年三月以降の本件プロジェクトに関する高度の精神的緊張を伴う過重な業務により、さらに前記高血圧が増悪していたこと、死亡する直前の平成二年三月ないし五月の労働時間が一か月換算で約二七〇時間ないし約三〇〇時間と過大であり、特に、死亡直前一週間の労働時間が七三時間二五分(週四八時間の法定労働時間の一・五三倍、週四〇時間の所定内労働時間の一・八四倍)と著しく過大であったこと、したがって、Aは、当時、長時間労働の影響で疲労困憊していたこと、Aは、死亡前日において、休日であるにもかかわらず、C会社に呼び出され、午前九時前に一審被告に出社した後C会社に赴き、同社のD調査役らとともに、自分の担当していなかった部分について、午後八時ないし九時頃までトラブルの原因を調査し、ようやくその原因を突き止めたことなどの事実を考慮すると、Aは、これらの要因が相対的に有力な原因となって、脳出血発症に至ったものであると解するのが自然であり、Aの業務と脳出血発症との間には、相当因果関係があると認められる。〔中略〕
 一審被告は、Aとの間の雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容としては、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。
 そして、高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な困難かつ精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。
 そして、一審被告は、Aが入社直後から高血圧に罹患しており、昭和五八年ころからは心拡張も伴い高血圧は相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していたものである。
 そうであるとすれば、一審被告は、具体的な法規の有無にかかわらず、使用者として、Aの高血圧をさらに増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。一審被告は、「自己責任の原則」を主張するところ、確かに、労働者が自身の健康を自分で管理し、必要であれば自ら医師の診断治療を受けるなどすべきことは当然であるが、使用者としては、右のように労働者の健康管理をすべて労働者自身に任せ切りにするのではなく、雇用契約上の信義則に基づいて、労働者の健康管理のため前記のような義務を負うというべきである。
 しかるに、一審被告は、定期健康診断の結果をAに知らせ、精密検査を受けるよう述べるのみで、Aの業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、かえって、前記認定のとおり、Aを、昭和六二年には年間労働時間が三五〇〇時間を超える恒常的な過重業務に就かせ、さらに、平成元年五月に本件プロジェクトのプロジェクトリーダーの職務に就かせた後は、要員の不足等により、Aが長時間の残業をせざるを得ず、またユーザーからスケジュールどおりに作業を完成させるよう厳しく要求される一方で協力会社のSEからも増員の要求を受けるなど、Aに精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。
 その結果、前記のとおり、Aの有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を増悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、一審被告は、前記安全配慮義務に違反したものであるというべきであり、これにより発生した損害について、民法四一五条に基づき損害賠償責任を免れない。