全 情 報

ID番号 07390
事件名 業務災害に関する保険給付不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 大阪南労働基準監督署長(オウム通勤災害)事件
争点
事案概要  A宗教の信者によって通勤途上で待ち伏せされ殺害された労働者の遺族が、右殺害行為は通勤災害に当たるとして、労災保険給付の不支給処分の取消しを求めたケースで、通勤が犯罪に単なる機会を提供したにすぎないときには通勤に内在する危険が現実化したものとはいえないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項2号
労働者災害補償保険法2項
労働者災害補償保険法3項
体系項目 労災補償・労災保険 / 通勤災害
裁判年月日 1999年10月4日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (行ウ) 38 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例771号16頁
審級関係
評釈論文 山口浩一郎・月刊ろうさい51巻5号4~7頁2000年5月
判決理由 〔労災補償・労災保険-通勤災害〕
 労災保険法は、通勤災害を、労働者災害補償保険の対象とする。これは、昭和四八年の同法改正によって設けられたものであるが、通勤が特別の場合を除いて一般に使用者の支配下にあるものではないから、通勤災害を業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)ということはできないものの、通勤は、労働者が労務を提供するための不可欠な行為であって、単なる私的な行為とは異なるものであること、通勤途上の災害が、産業の発展や通勤の遠距離化等によってある程度不可避的に生じる社会的な危険となっており、これを労働者の私的生活上の損失として放置すべきものではない等の理由によって規定されたものである。〔中略〕
 「通勤による」とは、通勤と負傷等との間に相当因果関係があることを必要とする趣旨であり、これは、通勤に内在する危険が現実化したことを指す。そして、通勤途上の交通事故のように一般的に通勤に内在する危険と目されるものについては、これが生じれば通勤に内在する危険が現実化したといえるが、単に通勤中に災害が生じたというだけでは足りない。また、通勤途上に第三者による犯罪の被害を受けたというような場合では、通勤がその犯罪にとって単なる機会を提供したに過ぎない場合は、これを通勤に内在する危険が現実化したとはいえないというべきである。原告らは、通勤が災害の誘因となっていれば通勤起因性を肯定できる旨主張するが、通勤途上が犯罪実行のために都合よかったという程度で誘因となるのであれば、通勤途上の犯罪行為はその殆どが通勤災害となるものであり、単に災害が通勤中に生じたというだけで保険の対象とするのと異ならなくなり、通勤災害を通勤に内在する危険の現実化したものに限定する労災保険法の趣旨にそぐわず、採用できないところである。〔中略〕
 本件災害は、前述のように、教団の代表者であったBがCを公安警察のスパイと誤信してVXを使って同人を殺害しようと決意し、教団幹部であるDとEにこれを命じたことに発し、DとEにおいて、D、E、F、G、H及びIの六名で犯行を実行することなどの犯行の具体的な打ち合わせを行い、FにVXを準備させ、Dにおいて、次いで、E、D及び及びJにおいて、Cの勤務先や自宅を下見し、その後、EとDにおいて、Cの使用車両が勤務先に置いてあったことやC方が新大阪駅に近いことなどから、Cが翌朝出勤のため徒歩で新大阪駅へ向かうのではないかと予想し、その途中でジョギングを装ってCに近付き、VXをかけるという殺害方法をとることを相談し、犯行当日午前五時ころ、他の四名をホテルKの一室に集め、「Cの出勤途中にジョギングを装って近付き、VXをかける。」旨の犯行方法を説明し、右六名において、実行役等の役割分担等を確認したうえ、同日午前六時ころ、本件現場付近に赴いて、Gにおいて、VXを充填した注射器を準備して待機し、通勤途上のCを認めるや、予定どおりに、ジョギングを装って近付き、VX溶液全部をCの後頚部付近にかけて、殺害したというものである。
 これによれば、Cの殺害とその手段がまず決定され、殺害の場所についてはその後の下見によって決定されたものであるが、そうすると、本件犯行がCの通勤途上に行われたのは、単なる機会として選択されたに過ぎず、通勤途上が犯行場所となる必然性はない。
 以上によれば、本件災害を通勤の危険性が現実化したものとは認め難く、これが通勤によって生じたものということはできない。〔中略〕
 原告らは、加害者らとCとの間には特別な怨恨関係がなく、加害者らが本件犯行に及んだことについてCに何の落ち度もないから、社会的なリスクが発現したものとして評価すべき旨を主張する。〔中略〕
 しかし、怨恨関係があったことそのものが重要なわけではなく、教団は当初からCという特定の個人を教団にとって危険な人物と目して殺害することを計画したのであって、通勤と関係なく殺害が計画されたことからすると、怨恨関係がないことをもって通勤起因性を肯定することにはならない。また、教団による本件犯行を社会的リスクということができるとしても、社会的リスクの全部が労災保険法によって保護されるものではないから、そのことだけで通勤起因性を肯定できるものではない。