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ID番号 07408
事件名 損害賠償等請求事件、氏名札着用強制等差止等請求事件
いわゆる事件名 郵政省近畿郵政局事件
争点
事案概要  郵政省の職員であるXらが、所属する各郵便局の郵便局長及び京都簡易保険事務センター所長Yらから、利用者である国民の信頼獲得による業績の向上及び職場秩序維持を図ること等を目的として氏名札の着用を義務づけられたのに対し、これを拒否したところ、右拒否を理由として訓告を受け、これにより定期昇給時に昇給号棒から一号減じられるとともに、氏名札着用の職務命令、注意を受けたため、右行為は人格権、プライバシー権の侵害等に当たり違法であるとして、(1)国に対して、国家賠償法に基づき賃金減額相当額及び将来減じられるであろう賃金相当額並びに慰謝料の支払を請求するとともに、(2)Yらに対し、主位的に氏名札着用の職務命令、注意及び訓告の差止めを、予備的に氏名札着用に関する職務上の義務不存在等の確認を請求したケースで、(1)については、氏名札着用の強制がXらのプライバシー権を侵害するものでないとし、またその目的において正当性があり、その効果も期待できること等から氏名札着用措置は正当であるとして、職務発令、注意、訓告はいずれも適法であるとして、請求が棄却され、(2)については、訴えが不適法であるとして、却下された事例。
参照法条 労働基準法2章
国家公務員法98条1項
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 業務命令
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 服務規律
裁判年月日 1996年7月17日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (行ウ) 109 
平成3年 (ワ) 4089 
平成3年 (ワ) 10292 
平成4年 (行ウ) 48 
平成5年 (行ウ) 26 
裁判結果 一部却下、一部棄却(控訴)
出典 労働民例集47巻4号315頁/タイムズ929号176頁/労働判例700号19頁
審級関係 控訴審/07153/大阪高/平10. 7.14/平成8年(行コ)31号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
 国家公務員である原告ら郵政省職員は、法令及び上司の命令に従う義務を負っている(国家公務員法九八条一項、郵政省就業規則五条二項)が、職員に対する服務統督権限は、郵政大臣から委任を受けた郵便局長等が有しており(国家行政組織法一〇条、郵政省設置法一二条、六条一項、九項、郵政省職務規程二条)、原告らに対する氏名札着用の義務づけは、被告局長らが右服務統督権限に基づいて行ったものである。
 被告局長らは、達及び通達を受けて、氏名札の着用を職員に義務づけるとともに、改めてミーティング等において、氏名札着用の目的、必要性等について、職員に周知指導を行い、その結果、職員の大半は、氏名札を着用するようになったが、原告らは、右指導に従わなかった。そこで、被告局長らは、原告らに対し、個別に氏名札着用の目的や必要性等を説明して個別に指導したが、原告らがこれに応じなかったため、より厳正な指導、措置を執る旨原告らに警告した。しかし、原告らは、それでも氏名札着用を拒否したため、郵便局長等は、原告らに対し、職務命令であることを示したうえでの警告を行い、さらに、注意、訓告と順次厳格な処分を行った。
 なお、右訓告は、郵便局長等が部下職員の懲戒処分に至らない程度の義務違反に対して、これを戒め、注意を喚起するために、郵政部内職員訓告規程に基づいて行った処分であり、右注意は、「職員の過失処分について」と題する通達に規定された、部下職員の職務遂行上の改善向上に資するための制裁的実質を伴わない措置である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-服務規律〕
 郵政省は、郵便事業の置かれた厳しい状況を克服し、事業の改善を図るため、対外的には郵便事業に携わる職員の氏名を明らかにすることにより、利用者である国民の信頼を獲得し、郵便事業の業績の向上を図るとともに、対内的には郵便局等の職員の自覚を促し、職員相互の連帯感の醸成、職場秩序の維持等を目的として、前記郵政事業活性化計画を策定し、職員に対して、氏名札着用の指導を続けてきた。そして、達及び通達が発出されたのを機に、近畿郵政局管内の統一的な指導として、氏名札着用が命じられたのであるが、右の経緯や当時の近畿郵政局の状況等に照らせば、右氏名札着用の指導は、その目的において、正当性があるというべきであるし、また、原告ら郵政職員が取り扱う職務が信書や貯金、保険等利用者のプライバシーや金銭の受渡しに関するものであり、氏名札の着用が、取扱担当者を明らかにするなど、利用者である国民の郵便事業に対する信頼を増大することが期待でき、右目的を実現するための一方法として、相応の効果があるといい得ることに鑑みれば、右目的実現のために氏名札着用という手段を採用したことも是認できるというべきである。そして、氏名札着用は、そのサービスの利用者である国民の意思を反映し、これに合致するものであるということができる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
 氏名札着用による職責の自覚や職員相互の連帯感の醸成といった効果は、これを可視的に検証することが困難であるとしても、少なくとも、氏名札着用は、右の効果を上げるための一つの方法として観念できるし、相応の効果を期待することもできる。また、原告X1、X2、X3、X4、X5及びX6の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、郵便局等の各職場のいずれにあっても、内勤、外勤を問わず、程度の差はあれ、職員が利用者や部外者と接する機会があることが認められる。さらに、管理者は、職務命令の発出に当たって、ある目的を達するために、どのような命令をどの範囲の職員に対して発するかなどの点について、合理的裁量権を有するというべきであるところ、前記のとおり、氏名札着用は、そもそも、正当な目的に基づくものであり、かつ、それにより相応の効果を上げることも期待できること、また、内勤、外勤を問わず、程度の差はあれ、職員が利用者や部外者と接する機会があること、氏名札の着用による精神的な負担も、ごく僅少というべきであること等に鑑みるとき、被告局長らが内勤者のうちの直接利用者と接する機会の少ない者を含めた全職員に対して氏名札着用の職務命令を発したことも、合理的裁量の範囲内にあるというべきであるから、氏名札着用を一律に義務づけた被告局長らの措置は、是認できるというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 被告局長らが原告らに対して行った氏名札着用を命ずる職務命令の発出及びこれに引き続きなされた注意、訓告は、正当かつ合理的な理由に基づくものであって、いずれも適法であるから、この点につき、原告ら主張の不法行為が成立する余地はない。