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ID番号 07429
事件名 懲戒免職処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 厚生省解雇事件
争点
事案概要  厚生省の職員等の行動等についての批判的叙述を内容とした「お役所の掟」及び「お役所のご法度」と題する書籍の著者で、厚生省の職員(当時、検疫所検疫課長)であったXが、(1)約九か月半の期間内で、休暇の請求をしないまま、もしくは休暇請求が承認されないまま欠勤した日が、五九日間(そのうち二二日間については、病気休暇として承認されるべきであったとして実際は三七日間の欠勤と認定された)に及んだこと、更に遅刻及び早退による欠勤が合計一四五時間四五分であったこと、(2)厚生省職員の海外渡航に関する訓令に従わず、無承認のまま海外渡航したうえ、所長である上司の帰国命令にも従わなかったこと、(3)自己のこれまでの経歴や実績等を無視するものと判断した仕事については従事しない、出勤時間管理等が曖昧な場合にはそれを守らない等を記載した文書を所長及び他の社員に提示し、それに基づき実際に一部の業務遂行を拒否したこと、(4)更に新聞及び雑誌に、Xが上司を批判し自分勝手な要求を突きつけることを公言する内容の記事を掲載したことが国家公務員法八二条各号に該当するとして、懲戒免職処分に付されたことを不服として、厚生大臣に対して、主位的には同処分の無効確認を、予備的には同処分の取消しを求めたケースで、本件処分の無効確認の訴えは行政事件訴訟法三六条の要件を欠いており不適法であり、(1)の一部を除いては(1)から(4)までの事実は懲戒解雇事由に該当し、懲戒事由のほとんどは重大な職務規律違反であることを勘案すれば、本件処分は社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を濫用したものと認めることはできず、また事後的な不服申立て制度があることから、処分に当たり、告知・聴聞手続等がなくても手続上問題はなく、処分の記載説明書に不備が見られるものの、手続上の瑕疵にすぎないことから、実体上の違法事由に当たらず、本件処分は、裁量権の行使を誤った違法はないとして請求が棄却された事例。
参照法条 国家公務員法82条
国家公務員法89条1項
国家公務員法74条1項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1999年4月22日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (行ウ) 65 
裁判結果 請求棄却(確定)
出典 タイムズ1047号177頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 前記(第四、三、1、(二)、(1))の合計六日間及び前記(第四、三、1、(二)、(2))の原告の本件海外渡航中の七日間の休暇の請求のない欠勤は、仮に休暇請求が行われたとしたら明らかにそれが承認されるようなものとは認められず、また、原告が休暇簿に記入しなかったことに正当な理由が認められるものとも認められないものであるので、原告が休暇の請求を行わずに欠勤したものというべきものである。
 前記(第四、三、1、(三)、(1)から同(4)まで)の病気休暇、特別休暇の請求が不承認とされたことによる欠勤及び前記(第四、三、1、(四))の遅刻及び早退による欠勤は、正当な理由なく原告が欠勤したものである。
 これらの欠勤は、原告が勤務時間を職務遂行のために用いるべきことを定めた国公法一〇一条一項に違反するものであり、同法八二条一号の懲戒事由に該当し、また、正当な理由なく欠勤しないことは国家公務員の職務上の義務であるが、これらの欠勤は正当な理由なく欠勤したものであるので同法八二条二号の懲戒事由に該当するものである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 原告は、前記(第二、一、6)のとおり、平成七年二月四日から同月一三日までの間、厚生省職員の海外渡航に関する訓令に定められたA所長の海外渡航の承認を得ることなく、無届けでアメリカ合衆国に私事渡航し、同月六日これを知ったA所長が阪神大震災の被害復旧及び被災対策支援を行っている緊急状況を踏まえて原告に対して「帰国命令等について」と題する文書により帰国し本務に服することを命じたが、原告は右命令を無視し本務に服さなかった。
 証拠(甲第二六号証の一(八二頁から八八頁))によれば、平成七年二月初旬ころ、神戸検疫所では、神戸大震災の前より数は減っていたものの船舶の検疫業務、汚染地域から輸入される魚介類の病原体検査及び予防接種業務を行っていたこと、阪神大震災の関係で、神戸検疫所から現地の災害対策本部へ職員を、西宮保健所に検疫課の薬剤師を、それぞれ派遣していたこと、神戸検疫所の職員はほぼ通常どおり出勤していたこと、原告がその時期に出勤していればインフルエンザの予防接種団の一員として職務を行うことが予定されていたこと、原告が右予防接種団の業務を行うことができなければ精神保健関係の職務を行うことが検討されていたことが認められる。
 前記(第二、一、6)のとおり、原告の本件海外渡航は、アメリカ合衆国のワシントンDCにおいて、私的に依頼を受けた講演を行うことが目的であったので、国の用務以外の目的による海外渡航であって、本来、事前にA所長の承認を受けなければならないものであった。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 以上を前提とすると、右事実は、原告が厚生省職員の海外渡航に関する訓令に従わず、上司であるA所長の職務上の命令に従わないものであって国公法九八条一項に違反して同法八二条一号に該当し、また、原告が国の用務以外の目的で海外渡航を行う場合に厚生省職員の海外渡航に関する訓令に定められた承認を受けること及び上司であるA所長の帰国命令に従うことは国家公務員であり厚生省の職員である原告の職務上の義務であるから、原告の右行為は右職務上の義務に違反するものであり、同法八二条二号の懲戒事由に該当するものである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 右新聞及び雑誌の記事は、原告が取材を受けた結果掲載されたものであるので、これらの記事の内容については原告にも責任があり、これら記事の内容は、原告が厚生省の管理職としての立場にありながら、自分の満足できない職務には従事しないこと、腰痛を名目に病気休暇を取ったこと、懲戒免職を歓迎すべきだと思っていること及び上司を公然と批判し自分勝手な要求を突きつけることを公言したものというべきであって、右内容はいずれも国公法九八条一項及び一〇一条一項に違反するものであるので、神戸検疫所の職員、厚生省職員、ひいては国家公務員全体の信用を傷つけ、あるいは失墜するような行為であるというべきである。したがって、原告の行為は、国公法九九条に違反し、同法八二条一号の懲戒事由に該当し、また、原告の右行為は、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であるので同条三号の懲戒事由に該当するものである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 国家公務員に対する懲戒処分は、公務員の行為が一定の懲戒事由に該当することを前提として当該公務員に対して不利益な処分が行われる点で刑事手続と類似する面があるというものの、その処分によって制約される利益は、あくまでも国民全体の奉仕者としての国家公務員の身分に基づく利益であるから、一般国民が生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられることによって、その権利が侵害され、回復の困難な損害を被ることと比較すると、受ける不利益の内容が質的に異なるものであり、事後的に懲戒処分に対する不服申立てをする途を開くことによりその身分保障に欠ける点はないものと解するのが相当である。
 したがって、憲法上、国家公務員の懲戒処分について、事前の告知・聴聞手続を被処分者の権利として保障したものと解することはできない。
 次に、行政手続法三条一項九号は、国家公務員の身分に関してされる処分については同法第二章から第四章まで(五条から三六条まで)の規定は適用されない旨規定しており、国家公務員に対する処分について規定されている国公法には事前に告知・聴聞手続を行うべきとする規定はなく、懲戒処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付し、人事院に対して行政不服審査法による不服申立てをすることができることとしている(国公法八九条一項、三項、九〇条一項)。
 したがって、法律上、国家公務員の懲戒処分について、事前の告知、聴聞手続を保障しているということはできないが、事後的に人事院に対して審査請求をすることができることとされているのであり、これによって国家公務員の身分保障に欠ける点はないとする法の態度が表れているものといえる。
 もっとも、国公法七四条一項が国家公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らし、懲戒処分の中でも被処分者の国家公務員としての身分そのものに重大な不利益を及ぼし、その他の不利益を与える懲戒免職処分については、処分の基礎となる事実の認定について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないように被処分者に対し、処分の基礎となる事実について弁解の機会を与えるのが相当であると考えられるが、処分の基礎となる事実に係る認定の当否については、不服申立て手続のみならず、懲戒処分の取消訴訟においても審査の対象となるから、事後審査とはいえ、実体的、手続的保障に欠ける点はない。