全 情 報

ID番号 07458
事件名 妨害禁止仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 西谷商事事件
争点
事案概要  機械器具などの販売、建物の賃貸などを営む会社Yの総務部から営業部へ配転された労働者X(組合員)が、上司Y1らの暴言により威嚇されるなど人事権を侵害されたとして、(1)Y1ら三名に対し行為の差止め、(2)会社Yに対し、Xの営業中の尾行及び行動監視の差止め請求したケースで、X主張の行為につき、今後も上司らの行為が反復継続されて、いずれ従業員の身体や精神に何らかの傷害が発症することが予想されるとまではいえず、右侵害行為が従業員の生命又は身体という人格的利益を侵害するおそれがあるということはできないとして、当該行為の差止めの仮処分申立てが却下された事例。
参照法条 民法709条
民法710条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 職場環境調整義務
裁判年月日 1999年11月12日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成11年 (ヨ) 21179 
裁判結果 却下
出典 労働判例781号72頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 最高裁昭和六一年六月一一日大法廷判決が「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。」と述べていることからすると、同判決は、生命、身体及び名誉が極めて重大な保護法益であり、これらの人格的利益を内実とする人格権が物権の場合と同様に排他性を有する権利であることにかんがみ、生命、身体又は名誉といった人格的利益を内実とする人格権についてこれが侵害された場合又は侵害されるおそれがある場合には被害者は加害者に対し侵害行為の差止めを求めることができるものと解しているのであって、そうであるとすると、生命、身体又は名誉といった人格的利益以外の人格的利益を内実とする人格権についても、その人格権の内実をなす人格的利益が生命、身体及び名誉と同様に極めて重大な保護法益であり、その人格権が物権の場合と同様に排他性を有する権利といえる場合には、その人格権に対する侵害又は侵害のおそれがあることを理由に被害者は加害者に対し侵害行為の差止めを求めることができるものと解される。〔中略〕
〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-職場環境調整義務〕
 債権者の申立てや主張の中には、債務者らが直接又は第三者をして債権者に向かって暴言をあびせ罵倒し若しくは債権者を威嚇すること(本件申立ての第一項、第三項)によって債権者の名誉、人格が侵害されたという申立てや主張があるが、そもそも名誉とは人の品性、徳行、名声、信用などの人格的価値について社会から受ける客観的評価である(前掲の最高裁昭和六一年六月一一日大法廷判決を参照)ところ、人に向かって暴言をあびせ罵倒し若しくは人を威嚇することによってその人の自尊心が傷つけられ、名誉感情が害されることはあるとしても、そのことから人に向かって暴言をあびせ罵倒し若しくは人を威嚇することがその人の名誉という人格的利益を侵害するものということができないことは明らかである。また、人格というだけではその内実をなす人格的利益を具体的に明確にしていないことも明らかである。結局のところ、債権者の主張に係る名誉、人格の侵害とは、要するに、債権者が自尊心が傷つけられたり名誉感情が害されたりするなどして精神的苦痛を被っているという意味であることは債権者の申立てや主張自体から明らかであって、債権者が右のような意味での精神的苦痛を被っているからといって、そのことから債権者の名誉、人格が侵害されたということはできない。
 また、債権者は前記第二の三3(二)(3)において監視カメラで常時社員を撮影、監視したり営業活動中に尾行することなどは社員の人格権を著しく侵害することであると主張しているが、債権者は債務者会社が社員を管理することができることを前提にこの問題はその管理の方法と程度の限界を超えているかどうかという問題であるとも主張しているのであって、そうであるとすると、ここで債権者が主張している人格権の内実をなす人格的利益がいわゆるプライバシーであると解することはできない。〔中略〕
〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 例えば、人を追尾するなどして監視するという行為が、その態様などの観点から見て、単に人に不快感や不安感を生じさせるにとどまらず、その人に焦燥感や恐怖心などを生じさせてその人が精神的苦痛を被ることが予想されるほどのものであると認められ、かつ、追尾するなどして監視するという行為が相当多数回にわたり反復継続して繰り返されている場合には、それによってその人が恒常的に精神的苦痛を受け続けて精神的に疲弊するに至り、身体や精神に何らかの障害が発症することも十分考えられるのであって、そのような状況に至った場合又はいずれそのような状況に至ることが予想される場合には、人を追尾するなどして監視するという行為はその人の生命又は身体という人格的利益を侵害するものであり又は侵害するおそれがあるものであるということができる。
 債務者らの侵害行為が行われるに至った経緯の外、債権者の主張に係る債務者らの侵害行為の内容や態様、頻度や回数などに照らせば、仮に債権者の退職強制が事実であると認められ、また、右の債権者の主張に係る債務者らの侵害行為がすべて事実であると認められたとしても、右の債権者の主張に係る債務者らの行為だけでは今後も右の債権者の主張に係る債務者らの行為が反復継続されればいずれ債権者の身体や精神に何らかの障害が発症することが予想されることを認めるには足りないというべきである。
 したがって、仮に債務者会社を除くその余の債務者らが平成一一年六月以降債権者に向かって暴言をあびせ罵倒し若しくは債権者を威嚇するという行為をし、債務者会社が平成一一年六月以降同社の社員(債務者会社を除くその余の債務者らを含む。)をして債権者に向かって暴言をあびせ罵倒し若しくは債権者を威嚇し又は平成一一年六月以降同社の社員(債務者会社を除くその余の債務者らを含む。)その他をして債権者を追尾させるなどして監視していたとしても、右の侵害行為が債権者の生命又は身体という人格的利益を侵害するおそれがあるものということはできない。
 (3) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、債権者は、債務者会社を除くその余の債務者らに対し、同債務者らが債権者に向かって暴言をあびせ罵倒し若しくは債権者を威嚇する行為の差止めを求めることはできないし、債権者は、債務者会社に対し、債務者会社が債務者Y1、債務者Y3、債務者Y2その他債務者会社の社員らをして債権者に暴言をあびせ罵倒したり若しくは債権者を取り囲んで威嚇するなどして債権者の名誉、人格を侵害する行為をさせることの差止め及び債務者会社が債務者Y2ら同社の社員その他の者をして債権者の営業活動中に債権者を追尾するなどその行動を監視することの差止めを求めることもできない。