全 情 報

ID番号 07479
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 日本交通事業社事件
争点
事案概要  広告事業、旅行用品等の販売等を目的とする会社Yの従業員で、Yの支店を分離して設立された会社Aに代表取締役常務営業局長委嘱として五年二か月在籍出向していた労働者Xが、Yの子会社への移籍が内定していたが、A在任中に多額の不明金が存在することが発覚したため、調査終了後までYに在籍するよう命ぜられ、その間に、新賃金制度(五五歳を超えてYに在籍する社員の賃金を減額する等)の導入により、月額賃金が約一二万減額されていたところ、調査の結果、Xの出向中の部下でAの社員であるBによる不明金着服の事実が判明し、Yから就業規則の監督者懲戒処分規定(社員に不都合の行為があった場合は、本人及びその監督者を懲戒する)に基づいて論旨解雇の通知がなされた(Bも懲戒解雇されたが、それ以外の関係者は停職処分、訓告、降格のみ)ため、本件解雇は解雇権の濫用であり無効であるとして、労働契約上の地位の確認及び賃金の支払を請求したケースで、就業規則の解釈及び適用、不正事故の存否及び程度、Xの注意義務違反の有無とその程度、Y及びAの被った損害、他の者に対する処分との比較のいずれの面からみても、Xに対し、論旨解雇という重い処分を科することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することはできないとして、解雇権の濫用により無効であるとし、また新賃金制度導入により新設された五五歳を超えてYに在籍する社員への賃金減額を内容とするキャリアボックス年俸制度は、合理性がなく不合理であるとし、同制度適用前の賃金が支払われるべきであるとして、将来の賃金請求も含め、Xの請求が全て認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働基準法2章
民法625条1項
民法1条3項
労働基準法93条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 部下の監督責任
配転・出向・転籍・派遣 / 出向中の労働関係
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 1999年12月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 18373 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例778号28頁/労経速報1756号3頁
審級関係
評釈論文 小早川真理・法政研究〔九州大学〕68巻2号163~172頁2001年10月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-部下の監督責任〕
 使用者が労働者(被用者)を懲戒するのは、企業秩序の維持のためであると解されるところ、被告の就業規則六八条一号適用の前提となる同規則六四条もまた、「社員」が不正事故等を起こして被告の企業秩序を乱した場合に、その者に対し懲戒処分を科するのと併せて、その監督者に対しても懲戒処分を科することにより、企業秩序の維持を図る趣旨で設けられたものであると解される。このような観点からみると、本件不明金の一部に関し不正を行ったことを認めているBは被告の「社員」ではなく、他に被告の「社員」が直接不正に関与したことの主張立証はないのであるから、本件は、就業規則六四条、六八条一号の文言上も、不正事故により直接秩序を乱されたのはA会社であって被告ではないという実質上も、右各規定が本来適用を予定している事案であるとはいい難い。そして、間接的にであるとはいえ被告の企業秩序が乱されたとして、右各規定を適用あるいは準用することが許されるとしても、被告の企業秩序に及ぼす影響が間接的なものにとどまることは、本件解雇の有効性を検討する上で、考慮されなければならないというべきである。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向中の労働関係〕
 原告は、被告から出向してA会社の取締役に就任したのであるから、A会社における業務は、被告との関係では、被告に対する労務の提供として行われたものである。したがって、原告は、被告に対し、被告との労働契約(雇用契約)の本旨に従い、誠実にA会社の取締役としての業務を行う義務を負っていたものである。(この点、被告は、原告がA会社との関係で委任関係に立ち、善管注意義務を負っていることから、被告との関係でも同様の義務を負っている旨主張するが、原告・被告間の法律関係と原告・A会社間の法律関係は別個のものであるから、原告がA会社に対して負っている注意義務を、被告との関係でも負っていると解することはできない。もっとも、原告が被告に対して負っている前記の誠実義務は、善管注意義務と同様のものであるということができる。)。
〔解雇-解雇権の濫用〕
 以上の諸点、すなわち、就業規則の解釈・適用、不正事故の存否・程度、原告の注意義務違反の有無・程度、被告及びA会社の損害、他の者に対する処分との比較のいずれの面からみても、原告に対して諭旨解雇という重い処分を科することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することはできないというべきである。
 よって、本件解雇は、解雇権の濫用であって、無効である。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 (一) 労働者の権利・利益を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することはできないのが原則であり、労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の変更の方法による場合であっても、とりわけ賃金の減額を伴うものは、賃金が労働者の生活を支える重要な権利であるだけに、それを労働者に受忍させるに足りる高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならないというべきである。
 (二) 本件において被告は、新賃金制度導入の必要性について一応の主張はしているものの、その立証活動はほとんどしていない。
 また、合理性に関しても、前記1の認定事実によれば、〔1〕五五歳を超えて被告に残る従業員に支払われる賃金は、初年度で前年度年収の六〇パーセント、二年度が五五パーセント、三年度以降が五〇パーセントになるというのであって、労働者の被る不利益には著しいものがあること、〔2〕原告は、新賃金制度導入時には既に五五歳を超えていたから、三〇歳から五〇歳までの中堅社員の標準賃金カーブの上昇による利益も享受していないこと、〔3〕一般の従業員には関連会社等に移籍し割増退職金を受領するという選択肢があるものの、原告については、いったん内定した子会社への移籍の道を絶たれており、他の選択肢がないこと、〔4〕新賃金制度導入に同意した労働組合は、原告の利益を擁護する立場にはなかったこと、〔5〕被告に残りキャリアボックス年俸制度の適用を受けることについて、原告が同意したとしても、本件不明金についての調査が終了するまでの間という前提であったこと、以上の諸点が指摘できるのであり、これらによれば、少なくとも、被告が原告に本件解雇の意思表示をした平成九年一月一〇日より後である同年二月分以降の原告の賃金について、キャリアボックス年俸制度を適用することには合理性がなく、むしろ不合理であるというべきである。
 よって、原告にキャリアボックス年俸制度を適用することは許されず、同制度適用前の賃金が支払われるべきである。