全 情 報

ID番号 07482
事件名 退職金請求事件、同反訴損害賠償請求事件
いわゆる事件名 丸和證券事件
争点
事案概要  証券会社Yの副支店長であった元従業員Xが、担当顧客Aの知識、経験等に照らし不適当な過当勧誘により過当かつ大量の取引を行わせたこと、無断取引を行った結果、立替金勘定を発生させたこと、AにAの夫名義信用取引口座設定約諾書に署名させたこと等が證券取引法等の法律及び就業規則に違反することから、副支店長を免ぜられ、その後、退職を促されたため、自己都合退職したが、その後、YがXには懲戒解雇事由に該当する行為があったとして、退職金規定により算定される退職金のうち約三分の一を支払ったのみであったことから、(1)XがYに対して、未払の退職金の支払を請求したのに対し(本訴)、(2)YがXに対して、YはXの不法行為による顧客に対する損害を賠償し、Xに対する求償権を取得したとして、求償の請求をした(反訴)ケースで、(1)については、退職金規程の解釈上、退職金の減額支給は正当であるとして、Xの請求が棄却され、(2)については、XはYに対し求償すべき義務を負うこととなるが、その範囲は信義則上相当とされる限度において認められるとして、求償額の一部だけが認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法89条1項3号の2
労働基準法89条1項9号
民法709条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働者の損害賠償義務
裁判年月日 1999年12月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 3160 
平成10年 (ワ) 7840 
裁判結果 棄却(3160号)、一部棄却、一部認容(7840号)
出典 労経速報1753号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 原告の行為は懲戒解雇事由に該当するものであったというほかない。そして、被告の就業規則には、懲戒解雇の場合は原則として退職金を支給しないが、情状により退職金を減額支給する場合がある旨規定され、退職金規程には、懲戒解雇事由がある場合の退職について退職金を支給しないと規定されていることからすると(書証略)、右退職金規程は、懲戒解雇事由を原因とする退職についても退職金を減額支給する場合があることを含んで規定しているものと解するのが相当であるから、原告の行為が懲戒解雇事由に該当する本件において、被告が原告の退職金を減額支給したことは退職金規程に基づくものということができる。もっとも、退職金の減額の割合については、特段の基準が定められておらず、被告の裁量に委ねられているというほかないところ、被告がその裁量の範囲を著しく逸脱し、減額の割合と原告の行為との均衡を著しく欠くような事情があるときは、そのような減額は許されないと解する余地もあるが、本件原告の行為は、証券取引法、日本証券業協会制定の証券従業員に関する規則、東京証券取引所制定の受託契約準則、被告の営業管理規則及び従業員服務規程に反しているだけでなく、顧客に重大な損害を与え、被告の信用を著しく失墜させるものというべきであることに照らせば、そのような事情を認めることもできないから、被告が原告の退職金を減額支給したことは正当であり、したがって、原告には退職金請求権は認められないものと言わざるを得ない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 無断取引の効果は、顧客ではなく被告に帰属するものと解するのが相当であるところ、Aの日経オプション取引から生じた損失は、平成九年三月一四日までが五〇〇万六六六四円、無断取引となった同月一五日以降が一八九七万九四七九円であり(証拠略)、後者については、被告にその効果が帰属することになる。もっとも、無断取引となった後の平成九年四月一日にそれまでの立替金勘定は決済され、その時点までに原告の無断取引によって生じた損失はAが負担し、被告は損害を免れたことになる。しかし、被告は、Aに対し、調停において、原告が十分な説明を行わないで、Aに日経オプション取引を開始させ、大量の取引を行わせたこと、原告が無断取引を行ったことを認め、その結果一三八〇万円を損害賠償として支払っていること(前記一6、なお、その内訳は、被告とAの調停における交渉の結果、無断取引を平成九年四月三日以降としたために、無断取引によりAが負担した損失は七三三万七四四二円となっている)からすると、被告は、Aから民法七一五条に基づく使用者責任を追及され、Aに生じた損害を賠償した結果、原告に対する求償権を取得したということができる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 右のとおり、原告は、被告に対し求償すべき義務を負うことになるが、その額は直ちに一三八〇万円であるということはできない。民法七一五条に基づく使用者の被用者に対する求償の範囲については、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し損害の賠償または求償の請求ができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五一年七月八日第一小法廷判決民集三〇巻七号六八九頁)。そこで、これを本件について見るに、原告の各行為は、証券会社の従業員として悪質な行為と言わなければならないが、原告がそもそもAに日経オプション取引を勧めたこと自体は、B支店長の方針に沿ったものであったこと(前記一3)、右取引の開始時、B支店長が被告の営業員服務規程に従いAの面接を行うなどのことをせずに、右取引開始を許可したという不適切な面があったこと(前記一5、B支店長がAに直接面接していれば、Aが日経オプション取引のしくみをどの程度理解していたか知り得たということができる)、加えて、原告は退職金について約六〇〇万円も減額されたことなどの事情に照らせば、信義則上、原告に負担させるべき損害額は、六〇〇万円が相当である。