ID番号 | : | 07487 |
事件名 | : | 未払賃金請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 日本貨物鉄道(定年時差別)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 国鉄の分割・民営化により貨物鉄道部門を承継した会社Yに雇用された運転士X(元国鉄社員)ら四名が、Yの就業規則では六〇歳定年制と規定されていたが、厳しい経営状況から当面は五五歳定年制として逐次六〇歳に移行する旨が附則によって定められていたところ、年金法改正による年金支給開始年齢の引上げ等への対応から六〇歳定年制を採用することとなり、延長された五年間の労働条件について、(1)満五五歳到達時に原則出向すること、(2)基本給は五五歳到達月の六五パーセント(のちに引上げ、また退職手当受給者には別扱い)とすること、(3)定期昇給及び昇格を行わないことを内容とする就業規則変更案について、最低保障基本給の設定や早期退職者に対する退職加算金の支給等の条件が付加されることで、Yの従業員総数の七割を超える二つの労組の間では労使協定が締結されたが、Xら所属の労組Aが労使協定の締結を拒否したため、AとYの間で交渉が打ち切られたまま、就業規則変更が実施されたことから、右就業規則の不利益変更には合理性がないとして、五五歳到達月の翌月から退職月までの間の就業規則の変更によって減額された分の未払賃金の支払を請求したケースで、本件就業規則の改定については、年金改正等に対応するための高度の必要性があり、基本給の減額による不利益は大きいが定年延長による利益も大きいこと等から五五歳以上の労働者への不利益変更を法的に受忍させ得るだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であり、五五歳以上の労働者に対する賃金等の差別的取扱いはやむを得ない合理的理由があるものとして是認でき、社会事情に照らしても年齢差別が公序良俗に反するとはいえない等として、請求が棄却された事例(なおYが国鉄における労働契約関係を承継したとのXの主張等も棄却された)。 |
参照法条 | : | 労働基準法89条1項2号 労働基準法93条 労働基準法3条 |
体系項目 | : | 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 社会的身分と均等待遇 |
裁判年月日 | : | 1999年12月27日 |
裁判所名 | : | 名古屋地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成7年 (ワ) 4945 平成11年 (ワ) 490 |
裁判結果 | : | 棄却(確定) |
出典 | : | 労働判例780号45頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 大内伸哉・労働判例781号6~14頁2000年7月1日/土田道夫・ジュリスト1200号214~218頁2001年5月1日 |
判決理由 | : | 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 就業規則の不利益変更法理は、就業規則について使用者が労働者の同意を得ることなくその内容を不利益に変更することは原則として許されないが、他方、労働条件の統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質にかんがみ、当該就業規則の変更が合理的なものである場合には、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されるべきでないとの考えの下に、不利益変更の適法要件として、厳格な合理性判断基準による審査を要求するものであり、不利益な変更に該当するか否かは、労働者の既得の権利を侵奪するものか否かによって判断されるものである。 本件就業規則の変更においては、五五歳定年制を廃止して六〇歳定年制を実施するとともに、定年を延長された五五歳以上の労働者の労働条件について、基本給を減額し、昇給、昇進をなくすというものであり、従前、労働契約の対象となっていなかった五五歳以上の労働者について、労働条件を設定することは、形式的には、労働者の既得権を奪うようなものではなく、既存の労働条件の不利益変更には当たらないものである。 しかしながら、元来、労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものであり(労働基準法二条一項)、使用者が労働契約の内容について定型的に定めた就業規則が規範的効力を有するのは、当該就業規則の当該条項が当該労使関係において法的規範性を認められるだけの合理性を有していることによるものであり、合理性のない就業規則の条項は、そもそも労働契約の内容にはなり得ないものである上、定年の延長により新たな労働契約関係が創設されるわけではなく、従前の労働契約関係が契約期間を延長されることになるものであることを考慮すると、本件のように定年延長に伴って、従前労働契約の対象となっていなかった労働者について新たに労働条件を設定する場合も、その合理性判断の基準については幾分緩やかに解する必要があるとしても、就業規則の不利益変更の場合に準じた合理性が必要であると解するのが相当である。 特に、本件においては、六〇歳定年制は、被告設立時から就業規則の本則として規定されていたものであり、被告の経営が厳しい状況にあったことから、やむを得ない措置として、附則において、六〇歳定年制の実施を延期し、当面の暫定措置として五五歳定年制を施行したもので、経営状況等を勘案しながら六〇歳定年制に移行することは、本来の契約内容に含まれていたことであり、しかも、原告らのように、六〇歳定年制の実施と引換えに、五五歳以降の基本給月額が五五歳到達月の六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)となる一方、従前と同等の労務の提供を求められるということは、実質的にみて、労働条件を不利益に変更するに等しい側面を有することは否定できないものというべきである。 したがって、本件就業規則の変更は、就業規則の不利益変更の場合に準じるものとして、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 以上によれば、本件就業規則の変更は、五五歳以降、基本給が六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)にわたって減額され、定期昇給もなくなることによる不利益はかなり大きく、従業員の家計に与える影響には深刻なものがあるとはいえ、六〇歳までの定年延長による利益も大きく、かつ、年金法の改正等の事情により六〇歳までの定年延長を即時に実施すべき高度の必要性があった一方、経営の破綻した国鉄から貨物鉄道事業を引き継いでわずか三年を経過したばかりで、なお厳しい経営環境の下にあった被告においては、経営の安定化を図りつつ、六〇歳定年制の円滑な導入を行うには、五五歳以上の労働者の賃金の引下げ等を行うについて、やむを得ない事情があったものであり、右のような五五歳以上の労働者への不利益を法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであったと認めるのが相当である。 原告らが主張する減額後の賃金と労働内容との対比、私鉄では五七歳到達時に賃金の減額がなされる会社でも、三五パーセントもの減額をするところはないこと、減額の対象となっているのが賃金の本質的部分である基本給であること等を考慮しても、右の判断を覆すに足りない。 〔労基法の基本原則-均等待遇-社会的身分と均等待遇〕 原告らは、五五歳以降も従前と同一の運転業務に従事しているにもかかわらず、五五歳を境にして、基本給月額を五五歳到達月の基本給月額の六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)に減額し、定期昇給を実施せず、昇職・昇格も実施しないとすることは、労働条件に関する不合理な年齢差別であり、法の下の平等を保障する憲法一四条一項に違反し、労働基準法三条及び高齢者雇用安定法等によって形成されるわが国の公序にも反するもので、民法九〇条により無効である旨主張するので検討する。 ところで、憲法一四条一項の「社会的身分」とは、人が社会において占める継続的地位をいうものであり、年齢は社会的身分には当たらないものであるが、右法条に列挙された事由は例示的なものであって、必ずしも同法条に列挙するものに限るものでないことから、年齢を理由とする差別的取扱いについて、法の下の平等の埒外にあると直ちにいうことはできないものである。しかし、右法条は、国民に対し、絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であり、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱いをすることは、右法条の禁止するところではない。 民営企業における労使関係には、憲法の定める法の下の平等原則が直接適用されるものではないが、労働基準法三条は、使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他労働条件について、差別的取扱いをすることを禁止し、均等待遇の原則を定めているところ、同法条に列挙された事由も例示的なものと解されることから、使用者は、たとえ年齢を理由としても、差別すべき合理的理由なくして労働条件について差別することは許されないというべきである。 本件就業規則の変更においては、確かに、五五歳という年齢に到達したことを理由に、賃金の減額をする取扱いを定めているものであるが、旧就業規則では定年は五五歳となっていたものであり、五五歳から六〇歳までの労働者にとっては定年延長の利益を受けることになるのであり、こうした制度の改正を円滑に導入するために、かかる利益を享受する五五歳以上の労働者について、賃金等の面で不利益に取り扱うこととしたとしても、そのような不利益を当該労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合には、かかる差別的取扱いにもやむを得ない合理的理由があるものとして、是認され得るものというべきである。 |