ID番号 | : | 07503 |
事件名 | : | 賃金請求事件 |
いわゆる事件名 | : | アーク証券(本訴)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 営業社員として勤務している労働者Xらが、会社は就業規則を改定(降格又は減給を規定する給与規定を新設)する二年前から毎年のように、人事考課によってXらの成績不良を理由に、労働者らの資格を降格して、又は資格の引下げを伴わずに職能給の号俸の引下げ、若しくは給与システムを改定して諸手当を減額したほか、経営上の必要性を理由に職能給及び諸手当を減額したが、(1)改正前の就業規則においては、降格又は減給を基礎づける変動賃金制が採られておらず、(2)変動賃金制を導入した就業規則の変更に合理性はなく、(3)諸手当の減額に関する給与システム改定にも合理性がないため、これらは法的根拠に基づかない一方的な措置であるとし、会社に対して減額分の賃金の支払を請求したケースで、(1)については、いったん備わっていると判断された職務遂行能力が、営業成績や勤務評価が低い場合にこれを備えないものとして降格されることは(特別の事情がある場合は別として)何ら予定されておらず、またそのような労使慣行及び労働者の同意もなかったとし、(2)については本件変動賃金制が一般論として合理性を有する制度であることは否定できないが、高度の必要性がなく、代償措置、経過措置等もとられていない等から、変更の合理性を否定し、(3)については、給与システムの変更の合理性が認められないとして、差額賃金請求が認容された事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法11条 労働基準法93条 労働基準法89条1項2号 労働基準法24条1項 |
体系項目 | : | 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 |
裁判年月日 | : | 2000年1月31日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成7年 (ワ) 2789 |
裁判結果 | : | 一部却下、一部認容、一部棄却(控訴) |
出典 | : | 時報1718号137頁/労働判例785号45頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 長久保尚善・平成12年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1065〕382頁2001年9月/島田陽一・判例評論506〔判例時報1737〕201~207頁2001年4月1日/和田肇・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕74~75頁 |
判決理由 | : | 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕 労働基準法二四条一項は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と規定し、使用者が一方的に賃金の一部を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとしている。さらに、同条は使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえないと解されている(最高裁昭和四八年一月一九日第二小法廷判決・民集二七巻一号二七頁、最高裁平成二年一一月二六日第二小法廷判決・民集四四巻八号一〇八五頁)。このような趣旨に照らせば、賃金の引下げについても、労働者がその自由な意思に基づきこれに同意し、かつ、この同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを要するものと解するのが相当である。 被告は、殊に平成四年五月及び平成五年五月の賃金変更について、原告らが特に異議等を申し立てず、各査定時期には自己申告書を被告に提出するなど現状を肯定して従前どおりの就業を続けていたことを理由に、黙示に承諾した旨主張し、また、課長以上管理職の給与を一律カットしたことについて、被告の営業成績が悪化し、危機的状況にあるところから、課長以上の管理職及び役員の奮起を促すために行われたものであり、事前に被告の代表取締役が放送し、役員が直接の部課長に協力を求め、全員異議なくこれに応じたことを理由に、原告らが同意した旨主張するが、これらの主張の趣旨は、要するに、被告が決定した内容について原告らが明示的に異議を述べなかったことが黙示の承諾又は同意に当たるというものである。しかしながら、被告の主張するような事実を理由に原告らがその自由な意思に基づきこれに同意したものということはできないし、この同意が原告らの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということもできない。 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 本件変動賃金制(能力評価制)の導入により、被告の従業員は、賃金減額の可能性が生じたというにとどまらず、多くの従業員が実際に不利益を受けることとなったものということができ、その不利益の程度も大きいものといわざるを得ない。〔中略〕 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 最高裁判所平成九年二月二八日第二小法廷判決(第四銀行事件)の判示しているところに従い、変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否かを判断すべきである。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。〔中略〕 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 本件変動賃金制(能力評価制)は、これを一般的な制度として見る限り、不合理な制度であるとはいえないが、従前採られていた一般的な意味での職能資格制度、職能給制度と比べると余りに大きな制度の変革であり、被告の従業員は、前記のとおり、職能資格制度、職能給制度の下での安定した賃金収入を得られる保障を失い、不安定な状態に置かれ、大きな不利益を受けている。被告の従業員は、本件変動賃金制(能力評価制)の下で、営業実績を挙げれば従前の職能資格制度、職能給制度の下よりも早期に昇格する可能性が生じたといえないことはないが、従前の職能資格制度、職能給制度と比べて昇格の度合いが速まったことを認めるに足りる証拠はないから、この抽象的な可能性をもって不利益性が一部減殺されるものということはできない。そうすると、被告に業績の悪化に伴い人件費を削減する経営上の必要性があり、かつ、本件変動賃金制(能力評価制)が一般論として合理性を有する制度であるというだけで直ちに変更の合理性を肯定することはできない。〔中略〕 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 本件変動賃金制(能力評価制)は、被告に業績の悪化に伴いこの制度を導入する経営上の必要性があったことは肯定できるし、本件変動賃金制(能力評価制)が一般論として合理性を有する制度であることは否定できないが、代償措置その他関連する労働条件の改善がされておらず、あるいは既存の労働者のために適切な経過措置が採られているともいえず、あるいは不利益を緩和する措置が何ら執られていないとしても、現に雇用されている従業員が以後の安定した雇用の確保のためにはそのような不利益を受けてもやむを得ない変更であると納得できるものである等、被告の業績悪化の中で労使間の利益調整がされた結果としての合理的な内容と認めることもできない。労働者にここまで大きな犠牲を一方的に強いるものであるとすれば、変更の必要性としては、被告の業績が著しく悪化し、本件変動賃金制(能力評価制)を導入しなければ企業存亡の危機にある等の高度の必要性が存することを要するが、本件変動賃金制(能力評価制)導入当時そのような高度の必要性が存したことを認めるに足りる証拠はないから、変更の合理性を肯定することはできない。〔中略〕 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 営業奨励金の支給が代償措置に当たると認めることはできないし、他に被告が諸手当を減額するに際し、代償措置その他関連する労働条件を改善したことを認めるに足りる証拠はない。また、被告が諸手当を減額する措置を決定するに先立ってあらかじめ従業員との間で十分協議を行う等して労使間の合理的な利益調整に努めたことを認めるに足りる証拠はないから、諸手当の減額措置が、現に雇用されている従業員にとって、相当程度減収とはなるものの、以後の安定した雇用の確保のためにはやむを得ない変更であると納得できるものである等、被告の業績悪化の中で労使間の利益調整が十分行われた結果としての合理的な内容であると認めるには不十分である。 |