全 情 報

ID番号 07526
事件名 歩合給等請求事件
いわゆる事件名 エムディアイ事件
争点
事案概要  住宅の建築請負等を業とする会社Yの建築営業社員であったが既にYを退職したXが、Yの歩合給細則では、歩合給は、営業活動により建物建築工事請負契約が締結に至った場合に建物代金の合計〇・八パーセントとし、支給時期は、建物の着工時に五〇パーセントの入金があった場合には〇・四パーセント、完工時に一〇〇パーセントの収入があった場合に〇・四パーセントとされ、支給日までに退職した場合には歩合給は支給されず後任者が受給する旨の取扱いになっていたが、在職中の営業活動において、入社まもないことから上司の課長の指導、補助下で業務を行い二件の契約に関与し、そのうちの一件については着工前に契約内容が変更され、また二件の契約の着工以前に退職していたことから、支給日在籍要件を充足していないとして歩合給が支給されなかったことから、支給日在籍要件の適用はXにはなく、又はこのような要件は公序良俗等に違反し無効であるとして、歩合給の支払に加えて、超過勤務手当が未払であったとして右手当の支払を請求したケースで、本件細則は従業員に十分周知されていたとしてXにも適用があるとしたうえで、右支給日在籍要件は営業社員の労務提供の実態に照らし、公序良俗違反とはいえず、また適用についてもXに著しく不利益を課すことにならないこと等から公序良俗違反とはならないとし、着工前に退職したXは受給資格がないとして、歩合給請求が棄却されたが、超過勤務手当については請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法89条1項3号
労働基準法106条
労働基準法37条
体系項目 賃金(民事) / 出来高払いの保障給・歩合給
賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 支給日在籍制度
就業規則(民事) / 就業規則の周知
賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
裁判年月日 2000年3月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 4733 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例784号43頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の周知〕
 原告は、歩合給細則を見たこともないし、説明を受けたこともないから、その適用はない旨主張するが、いわゆる新卒者の従業員には、歩合給細則を配付していること(前記1(三))からすると、入社時に説明を受けていないとの原告本人尋問における供述は直ちに採用することができないし、被告の各支店において、歩合給細則を支店長が保管し、従業員がいつでも自由に閲覧、コピーできるようにしていたこと(前記1(三))からすれば、十分に周知されていたということができるから、原告に対しても歩合給細則は適用されるというべきである。
〔賃金-出来高払いの保障給・歩合給〕
 本件のような建築請負契約を斡旋したことによる歩合給の場合には、顧客の発見から契約の成立、建物の完成、引渡まで平均約一〇か月を要し、その間被告の営業社員は、設計変更、追加工事に伴う契約内容の変更のほか、種々の業務を行っていたこと(前記1(四))からすると、歩合給の対価たる労務とは、建築請負契約の成立を斡旋するにとどまらず、建物の完成、引渡とこれによる請負代金の受領まで継続するものとして予定されていたものということができる。そのことからすると、建築請負契約の締結を原因として歩合給が発生する旨の原告の主張は採用できないといわなければならない。
 しかし、一方、本件における歩合給は、請負契約に基づくものではなく、雇用契約に基づいて発生するものであり、労務提供の対価としての性質を有するものであることは否定できず、また、ある従業員が労務提供の途中で退社し、以後の労務提供が不可能となった後においても、他の従業員をしてこれを続行させることにより退社した従業員の残した労務提供の成果を利用し得るという面がある。このようなことからすれば、労務の提供に応じて歩合給は発生するものと考える余地もないではない。そして、被告が歩合給の支給時期を請負代金の入金を前提として、着工時と完工時の二回に分けている(前記1(二)、(三))のも顧客からの入金が段階的に行われるという状況を前提としているとしても、右のような営業社員の労務提供及び歩合給の性質を反映している面があるということができる。営業社員の行うべき業務が、すでに述べたように多岐にわたる一連のものであることからすれば、個々の業務を取り出して、その都度、その労務提供の対価を算定するのは容易ではないばかりか煩雑であり、約二七〇〇名もの多数の従業員を擁する被告において(前記1(一))、多数の従業員に対し、定型的な処理を行うために、右のように営業社員の労務提供を着工時までとそれ以後に分けて歩合給の発生時期を定めることも合理性がないとはいえない。
 そして、被告における給与をみると、二〇代前半で入社一年前後の原告で月額給与のうちの固定給部分が二二万円ないし二三万円程度で(後記二1、弁論の全趣旨)、また、例えば、二五歳、主任、大卒、宅建資格の取得しているものであれば、住宅手当を含めて月額給与のうち固定給は三〇万六八二〇円であり(〈証拠略〉)、給与に占める固定給部分は必ずしも少なくない。このことからすると、被告において、営業社員の労務提供の対価としては、固定給に依っている部分が少なくなく、歩合給は、基本的に労務提供の対価としての性質を有するものであるとしても、結果に対する報酬としての面も少なからず有しているということができる。
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
 被告において、支給日在籍要件を設けた根拠は、主として、営業社員には、建築請負契約締結にとどまらず、入金、着工時まで、あるいは完工時までに行わなければならない種々の業務があり、その遂行を確保するためであると解せられ、そのことはすでに述べたような営業社員の業務実態に照らせば、合理性がないとはいえない。さらに、被告においては多数の社員に対し、煩雑さを避けるため、一括的な処理をする必要もあるということができる。
 このように、被告においては、営業社員の労務提供の実態に照らし、一定程度にせよ労務の提供に応じて歩合給を支給することとしていること(すなわち、被告においては、建築請負代金全額が入金された場合に歩合給が支給されるというのとは異なり、全額の入金がなくとも、着工時までに五〇パーセント以上の入金があれば、それ以後、完工時以前に退職した場合であっても、着工時までの労務の提供に対しては歩合給が支給されるという意味において、公平の観点からも相当でないとまではいえない。)、その歩合給が固定給の額からみて、結果に対する報酬としての面を少なからず有していること、支給日在籍要件を設けた根拠にしても合理性がないとはいえないこと、加えて支給日在籍要件が歩合給細則に明記されていることから労働者にとって、歩合給の支給時期以前に退職した場合、歩合給を受給できないことが予想できたことなどからすれば、本件においては、支給日在籍要件も公序良俗違反とまではいえないというべきである。また、〔1〕、〔2〕の各契約について原告は、ほぼ全面的に上司であるA課長の指導と補助のもとに業務を行ったことや、〔2〕契約については着工前に建築請負契約の内容が変更されたこと(前記1(五))からすれば、右のように解して原告に支給日在籍要件を適用してもそれが原告に著しく不利益を課することになるとはいえず、その適用についても公序良俗に反するということはできない。
〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 被告は、原告が毎日午後一〇時ころまでかかるような業務を指示していなかったと主張するが、前記1のとおり、最終ミーティングや終礼が午後九時ないし午後九時三〇分ころから行われていたことからすれば、被告の主張は採用できない。
 したがって、右によれば、原告の時間外勤務の時間数及び時間外勤務手当は次のとおりとなる。