全 情 報

ID番号 07536
事件名 懲戒処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 柴田女子高校事件
争点
事案概要  私立学校等を経営する学校法人Yの女子高校の英語科教諭Xが、Yでは入学式において、学級担任が生徒一人ひとりの氏名を呼び上げることとなっていたにもかかわらず、低い声かつ早口で適切な間隔をあけずに呼び上げ混乱が生じたこと、担任紹介の際にあらかじめ決められていた国旗及び校旗に対する一礼をしなかったことから、理事長の指示により校長から、始末書の提出を求められたが、組合が始末書提出要求に対する抗議文をY宛に送付し、Xも始末書提出に応じなかったところ、再度校長から「入学式当日の服務に係る注意事項の確認について」と題する文書が送付されたが、Xはこれを拒否したため、就業規則の規定に基づき、四日間の出勤停止処分がなされたことから、右処分の無効確認を請求したケースで、いずれも懲戒事由である「学園の信用を著しく傷つけたり、名誉を汚すような言動」等に該当しないとし、このような非違行為について始末書の提出を強制することはできず、本件懲戒処分は懲戒権の濫用であり無効として、請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 始末書不提出
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
裁判年月日 2000年3月31日
裁判所名 青森地弘前支
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 63 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例798号76頁/労経速報1744号16頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 被告は、原告の呼名のやり方が全くやる気のない声、態度であったと主張し、被告代表者はこれに沿った供述をし、A及びBも別件地労委事件において、同様の証言を行っているところ、本件では入学式の様子を撮影したビデオテープや録音等被告の主張を裏付ける客観的証拠はなく、また、原告の呼名が全く投げやりでやる気のないものであったかどうかは、それを聞く者の主観に多かれ少なかれ左右されうるものであることからすると、通常人を基準にした客観的判断として、原告が全く投げやりな態度であったとまで認めることはできないというべきである。仮に、被告が主張するような態度で呼名がなされたとしても、Aは、当初、懲戒処分はもちろん、始末書の提出すら考えておらず、口頭の注意で足りる程度の失態と考えていたものであり、本件入学式は粛々と進行し、その進行に特段支障が生じたわけでなく、生徒・父兄から苦情等が寄せられるなどして被告の信用を傷つけるといったことも認められないことからすると、右程度の原告の呼名態度をもって、「学園の信用を著しく傷つけたり、名誉を汚すような言動」(本件就業規則11条1項)がある、或いは「秩序、風紀をみだす」(同条2項)があると認めることはできないというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 被告は、過失により一礼を欠いた場合であっても、国民である以上、国旗に崇敬の念を表すのは当然のことであり、S女子高校においても、生徒に対する躾けの一環として、国旗に対する敬礼を指導しており、教師に対しても同様の要請がされるところ、厳粛な入学式の場において、このような失態を演じたことは、「学園の信用を著しく傷つけたり、名誉を汚すような言動」(本件就業規則11条1項)がある、或いは「秩序、風紀をみだす」(同条2項)行為に当たると主張する。
 この点、国民である以上、国旗に対する崇敬の念を持つべきであるかどうかということについては、原被告間において見解が大きく相違するところである。しかし、仮に、被告が主張するような見解を前提にするとしても、そのことから直ちに、国旗に対して一礼を行うことが企業秩序の一つを形成し、労働契約の内容として労働者に義務づけられると解されるわけではない。これは、被告においても同様であって、国旗に対する礼を欠いたことの一事をもって、直ちに被告の企業秩序を乱したと解することはできない。そして、C女子高校では、少なくとも躾の一環として修礼が励行されていることは当事者間に争いがないところ、前記認定によれば、原告は意図的に登壇の際の礼を欠いたわけではなく、たまたまこれを失念したものに過ぎないものであるから、原告が今後、同種行為を繰り返すことは考え難く、他の職員及び生徒に対し波及する可能性も低いというべきであって、原告の右行為によって被告の教育機関としての秩序が乱されたと解することはできないというべきである。前記のとおり、原告の失態は、入学式という学校行事の中でもとりわけ重要な行事の中でなされたものの、原告は意図的にこれを行ったものではなく、右行為によって混乱が起きたり、式進行に支障が生ずることもなく、また、生徒・父兄から苦情、抗議が寄せられたというわけでもないこと、実際、Aはもちろん、被告理事長としても、国旗に対する敬礼を欠いたことそれ自体を捉えて、原告を懲戒処分に付す考えは有していなかったことからすると、客観的に学園の信用を著しく傷つける、又は秩序を乱す行為があったと認めることはできない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
 本件懲戒処分は、原告が前記各失態を演じ、Aから始末書の提出を求められたにもかかわらず、これを拒否したことをその主たる理由にしたものと解される。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
 本件始末書は、謝罪の意思を表明する内容を含むものではないものの、さりとて、単なる事実の経過又はてん末を記したに止まるものでもなく、一定の非違行為ないし不都合な行為に対する本人の反省の意を表す内容を含むもの、いわゆる反省文と解するのが相当である。この点、被告代表者も、単に始末書を提出しただけでは足りず、その内容から本人の真摯な反省の情が窺われることが必要であって、内容如何によっては、書き直しを命ずることもありうる旨供述しており、始末書において、提出者が反省の意を示すことが不可欠であることを明らかにしている。
 3 ところで、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労働提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負う一方、使用者は、始末書の提出によって企業秩序の回復を図ることができるから、始末書の提出を強制する行為が、労働者の人格を無視し、意思決定ないし良心の自由を不当に制限するものでない限り、使用者は、非違行為をなした労働者に対し、謝罪の意思又は反省の意を表明する趣旨の始末書の提出を命ずることができ、労働者が正当な理由なくこれに従わない場合には、これを理由として懲戒処分をすることができると解するのが相当である。そして、始末書の提出を求める根拠が右のような企業秩序の維持・回復にあるとすると、企業秩序違反すなわち就業規則上定められた非違行為を行ったとはいえない場合にまで、始末書の提出を要求することは、その趣旨を逸脱するものとして許されないと解するのが相当である。
 4 これを本件についてみるに、前記認定によれば、被告が原告に対して要求した始末書は、その内容自体からみれば、必ずしも個人の意思決定ないし良心の自由を不当に制限するものとまでは認められないものの、前掲説示のとおり、本件入学式において、原告が適切な呼名をしなかった行為及び国旗に対して一礼をしなかった行為は、いずれも被告の信用を著しく傷つけたり、名誉を汚すような言動には該当せず、被告の秩序を乱す行為にも当たらず、就業規則で定められた非違行為があったとは認められないから、このような行為について、反省の意を表すことを内容とする始末書を要求し、労働者にその提出を強制することは許されないというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
 本件入学式において原告が行った失態について、被告が原告に始末書の提出を求めたとしても、あくまで任意の提出を期待するに止まり、その不提出に対し、懲戒処分といった制裁を加えることは許されないというべきである。
 六 そうすると、本件懲戒処分は、被告が主張するところの懲戒事由がいずれも存在せず、懲戒権を逸脱してなされたものであって、無効と解するのが相当である。