全 情 報

ID番号 07542
事件名 賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 日新火災海上事件
争点
事案概要  自動車会社を退職して保険会社Yに中途入社した労働者Xが、求人広告の内容、会社説明会での説明を根拠に、新卒同年次定期採用者の平均的格付けによる給与を支給することを内容とする雇用契約が成立していたにもかかわらず、Yは平均的格付けを下回る格付けによる給与を支給したとして、(1)未払賃金、(2)不法行為に基づく慰謝料、(3)時間外手当の未払分およびその付加金を請求したケースの控訴審で、原審はいずれの請求も棄却したが、(1)については、求人広告自体は個人的な雇用契約内容の申込みの意思表示とみることはできないとし、更に説明会における説明内容は、給与の具体的な額又は格付けを確定するに足りる明確な意思表示があったものと認められず、新卒同年時定期採用者の平均格付けによる給与を支給する旨の雇用契約が成立したと認められないとして、Xの控訴が棄却、(2)については、求人広告、面接及び社内説明会において、新卒同年次平均的給与と同等の待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をしたことが労働基準法一五条一項(労働条件の明示)に違反するとし、不法行為に基づく慰謝料についてXの控訴が認容された事例。なお(3)については、割増賃金の支払については認容されたものの、付加金については不足額が少額であること等を理由に棄却された。
参照法条 労働基準法15条
労働基準法36条
労働基準法37条4項
労働基準法114条
体系項目 労働契約(民事) / 労働条件明示
労働契約(民事) / 成立
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定基礎・各種手当
賃金(民事) / 割増賃金 / 法内残業手当
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
雑則(民事) / 附加金
裁判年月日 2000年4月19日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ネ) 1239 
裁判結果 一部認容、一部棄却(上告)
出典 労働判例787号35頁
審級関係 一審/07265/東京地/平11. 1.22/平成6年(ワ)11709号
評釈論文 鎌田耕一・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕18~19頁/大内伸哉・民商法雑誌124巻6号84~92頁2001年9月
判決理由 〔労働契約-成立〕
〔労働契約-労働条件明示〕
 控訴人の人事担当責任者による控訴人への説明は、内部的に既に決定している運用基準の内容を明示せず、かつ、控訴人をして新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねないものであった点において不適切であり、そして、控訴人は、入社時において右のように信じたものと認めるべきである(中略)が、なお、被控訴人と控訴人との間に、本件雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものと認めることはできない。
 そうとすれば、控訴人主張に係る右内容の雇用契約が成立したことを前提とする控訴人の本件未払賃金の請求は、後に判断する住宅手当及び時間外手当の点を除いては、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。
 なお、控訴人は、入社時の給与の格付のみならず、その後平成一〇年七月に至るまでの給与についても、新卒同年次定期採用者の平均的格付と同様に昇格し、昇給すべきものとする合意が成立しているとして、これに基づく賃金の差額を請求しているが、右に判示したところによれば、この点も理由がないことが明らかというべきである。
〔賃金-割増賃金-法内残業手当〕
 労働基準法三六条一項に規定する労働時間の範囲内でのいわゆる法内超勤については、同法三七条の適用がないから、その労働に対する手当の額をどのように定めるかは、基本的に雇用契約に定めるところによるものというべきである。しかるところ、証拠(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人においては、就業規則に基づくものとしての社員給与規程及びこれに基づく社員給与細則を労働組合との協議を経た上で定めており、同細則によれば、右1のとおり付加給等の賃金費目を含めないものとしてその基礎額を定めていることが認められ、これが被控訴人と控訴人との雇用契約の内容となっているものと認められる。そして、右は労使の協議を経て定められているものである上、本件証拠上、その定められた基礎額が労働契約上の信義則に照らし不当に低額に過ぎると判断すべき事情を認めることもできない。
 したがって、法内超勤に関する限り、右付加給等の賃金費目をその基礎額に加えないことをもって違法と評価し、雇用契約外の規範をもってこれを補充しなければならないこととする根拠はないというべきである。
 よって、法内超勤に係る時間外手当の未払額及びこれに関する付加金の支払を求める請求は、理由がない。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定基礎・各種手当〕
 付加給についてみると、証拠(証拠・人証略)によれば、被控訴人は、その社員給与規程において、付加給につき、期首五四歳以前の社員に対しては臨給分割払分を付加給として支給する旨(証拠略)、臨時給与につき、臨時給与は会社の業績その他を勘案し必要に応じて支給する、臨時給与の支給期、支給額、支給要件等についてはその都度定める旨(証拠略)を定めていること、付加給は、通常毎年六月と一二月に支給される臨時給与の一部を分割して毎月支給する趣旨で設けられたものであること、そのため、その支給額(算定基礎額に対する比率、臨時給与との按分等)は、毎年、臨時給与の額の決定とともに、労使協議を経て個別に決定されてきたこと、付加給を割増賃金の基礎に加えないことにつき(定額付加給及び社会保険料補助を除外していた当時においてこれらの賃金費目を加えないことについても)、これまで被控訴人の労働組合から異論が提起されたことがないことがいずれも認められる。これによれば、付加給は、その内容の実質において、臨時給与、すなわち一か月を超える期間ごとに支払われる賃金と同じものと評価することができる。
 しかしながら、一か月を超える期間ごとに支払われる賃金を割増賃金の基礎から除外することとした前記規則の規定の趣旨は、家族手当や通勤手当等が労働の質や量と無関係な労働者の個人的事情に応じて支給されるものであることに基づくのとは異なり、それが労働に対する対価であることは否定し得ないものの、計算技術上割増賃金の基礎とすることが困難であるとの理由に基づくものと解されるから、付加給が臨時給与とその内容において同質のものであるとしても、その支給月額が毎年あらかじめ定められ、これにより月毎に支給されるものである以上、これを一か月を超える期間ごとに支払われる賃金と同視して、割増賃金の基礎から除外することはできないものと解すべきである。
 次に、定額付加給及び社会保険料補助については、証拠(人証略)によれば、平成四年七月からこれらの賃金費目を基礎額に加えることとしたのは、労働基準監督署からの改善指導によったものであると認められるところ、これらの賃金が家族手当等と同様に労働の質や量と無関係な個人的事情に応じて支給されるものに当たり、その他前記除外賃金と同視すべき賃金に当たるものと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、被控訴人は、労働基準法三七条一項に基づき、控訴人の法適用超勤の労働に対し、右付加給、定額付加給及び社会保険料補助の額を加算した基礎額に基づく割増賃金を支払う義務がある
〔雑則-附加金〕
 控訴人は、右時間外手当の未払分について労働基準法一一四条の規定による付加金の支払を求めるが、右3判示のとおり、その支払不足額は、主として付加給を基礎額に加えなかったことによるものであるところ、その内容の実質が一か月を超える期間ごとに支払われる賃金と同じものであること、付加給等を基礎額に加えないことについて被控訴人の労働組合からこれまで何らの異論が提起されたこともなかったこと及びその不足額が少額であることに照らし、その不払の違法性の程度は低いものというべきであることにかんがみ、当裁判所としては、これに対し付加金の支払を命じないこととするのが相当であると判断する。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 被控訴人は、計画的中途採用を推進するに当たり、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたのにかかわらず、計画的中途採用による有為の人材の獲得のため、控訴人ら応募者に対してそのことを明示せず、就職情報誌「A」での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、そのため控訴人は、そのような給与待遇を受けるものと信じて被控訴人に入社したものであり、そして、入社後一年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置づけられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められる。
 かかる被控訴人の求人に当たっての説明は、労働基準法一五条一項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきである。