全 情 報

ID番号 07548
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 JR東日本(横浜土木技術センター)事件
争点
事案概要  一か月単位の変形労働時間制の対象労働者が、対象期間開始後に変形期間開始前になされた対象期間中の勤務指定を、就業規則に定める「業務上の必要性がある場合、指定した勤務及び制定した休日等を変更する」旨の規定に基づいて変更する命令(本件の場合、工事の日程等の都合により、対象期間開始後まもなく、約二週間後の勤務について変更がなされた)は、労働基準法三二条の二の要件を充足せず、本件命令に基づいて従事した労働は所定外労働に該当すると主張して、割増賃金とそれと同額の付加金、及び不法行為責任に基づく慰謝料の支払を請求したケースで、就業規則の変更条項に基づく勤務変更は労働基準法三二条の二の要件を充足し適法であるとしつつ、変更条項は「労働者からみてどのような場合に変更が行われるかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めることが必要である」として、右就業規則の変更事由は具体的な事由を明示しない包括的な内容であるとして違法、無効なものであるから、本件命令も違法とし、本件命令に基づく労働者の勤務につき割増賃金の請求が認容、慰謝料請求については請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法32条の2
労働基準法37条
労働基準法114条
体系項目 労働時間(民事) / 変形労働時間 / 一カ月以内の変形労働時間
賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
雑則(民事) / 附加金
裁判年月日 2000年4月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 4894 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1723号23頁/労働判例782号6頁
審級関係
評釈論文 鴨田哲郎・労働法学研究会報51巻20号1~24頁2000年7月20日/鴨田哲郎・労働法律旬報1484号11~15頁2000年7月25日/吉田美喜夫・平成12年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1202〕215~216頁2001年6月/原昌登・法学〔東北大学〕65巻2号185~192頁2001年6月/小畑史子・労働基準53巻9号22~26頁2001年9月/西谷敏・判例評論507〔判例時報1740〕200~203頁2001年5月1日/中村和夫・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕110~111頁
判決理由 〔労働時間-変形労働時間-一カ月以内の変形労働時間〕
 一か月単位の変形労働時間制の下において、就業規則上、いったん特定された労働時間の変更に関する条項を置き、右条項に基づいて労働時間を変更することが、およそ、労基法三二条の二にいう特定の要件に適合しないものといえるであろうか。
 この点については、就業規則に変更条項を置くことによって変更を行うことは、同条にいう「特定」の要件を満たすものではなく、あらかじめ特定した勤務時間を変更することはすべて所定外労働となるとする見解も考えられないではない。というのは、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制と同法三二条の五に定める一週間単位の変形労働時間制とを比較した場合、後者においては、労基法施行規則一二条の五第三項に「緊急でやむを得ない事由がある場合には、使用者は、あらかじめ通知した労働時間を変更しようとする日の前日までに書面により当該労働者に通知することにより、当該あらかじめ通知した労働時間を変更することができる。」との、労働時間の変更に関する定めが置かれているのに対し、一か月単位の変形労働時間制においては、このような変更に関する定めが置かれておらず、このような労基法及び同法施行規則の関係規定の対比からすれば、一か月単位の変形労働時間制における「特定」は事後的な変更を一切予定していないものと見る余地もないではないからである。
 しかし、関係規定上、一か月単位の変形労働時間制においては変更に関する定めが置かれていないということをもって、就業規則中に設けた変更条項に基づいてする変更が全く許されないとの根拠とすることはできないものといわざるを得ない。けだし、一週間単位の変形労働時間制においては、もともと就業規則において労働時間を定める建前にはなっていないことから、その変更についても就業規則に留保すべきところではなく、使用者の裁量によって変更を行う場合についての定めが置かれているに過ぎないものといえ、このことからすれば、労基法が一か月単位の変形労働時間制について変更が許される場合に関する定めを置いていないのは、使用者の裁量による変更が許されないという趣旨にとどまるものであって、就業規則上の留保を禁じた趣旨に出たものとまではいえないと解されるからである。
 そして、前記のとおり、労基法三二条の二が就業規則による労働時間の特定を要求した趣旨が、労働者の生活に与える不利益を最小限にとどめようとするところにあるとすれば、就業規則上、労働者の生活に対して大きな不利益を及ぼすことのないような内容の変更条項を定めることは、同条が特定を要求した趣旨に反しないものというべきであるし、他面、就業規則に具体的変更事由を記載した変更条項を置き、当該変更条項に基づいて労働時間を変更するのは、就業規則の「定め」によって労働時間を特定することを求める労基法三二条の二の文理面にも反しないものというべきである。
 もっとも、労基法三二条の二が就業規則による労働時間の特定を要求した趣旨が、以上のとおりであることからすれば、就業規則の変更条項は、労働者から見てどのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めることが必要であるというべきであって、もしも、変更条項が、労働者から見てどのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めていないようなものである場合には、使用者の裁量により労働時間を変更することと何ら選ぶところがない結果となるから、右変更条項は、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものとなるというべきである。
 (四) そこで、被告就業規則六三条2項にいう「業務上の必要がある場合、指定した勤務を変更する」との定めを見ると、特定した労働時間を変更する場合の具体的な変更事由を何ら明示することのない、包括的な内容のものであるから、社員においてどのような場合に変更が行われるのかを予測することが到底不可能であることは明らかであり、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものというべきである。
〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 以上によれば、本件各命令、特に、本件各変更部分に係る労働による労働時間は、被告就業規則五三条(1)号にいう所定労働時間に当たらず、したがって、同規則一一一条1項にいう「正規の勤務時間外」の勤務に係る労働時間として、同規則上の割増賃金の一種である超過勤務手当(同規則一〇六条(1)号参照)の支給対象となることが明らかである。
 なお、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制においては、一日当たりの法定労働時間を超えた労働時間が特定されている日については、右特定された労働時間を超えた労働時間のみが時間外労働の時間になるとともに、一日当たりの法定労働時間以下の労働時間が特定されている日については、右特定された労働時間を超えて労働が行われたとしても、右の法定労働時間の範囲内にとどまる限り(単位期間の総法定労働時間の枠内に収まることを前提とする。)、右超過した労働時間は、時間外労働の時間になることはないものと解される。そして、被告就業規則六六条2項は、このこと(特に後者)を前提として、「会社は、・・・業務上の必要がある場合、所定労働時間外・・・において、労基法三二条の二に規定する労働時間に達するまで、社員に臨時に勤務を命ずることがある。」旨定めているものと考えられる。
 しかし、被告就業規則一一一条1項にいう「正規の勤務時間外」の「勤務」には、同規則六六条2項にいう臨時の勤務が含まれるものと解されるところ、右臨時の勤務には所定労働時間外の勤務が含まれることは同項に明らかであるから、労基法三二条の二との関係では、一日の法定労働時間の範囲内に収まるため本来時間外労働に当たらない労働であっても、所定労働時間外の勤務である以上は、被告就業規則一一一条1項により、超過勤務手当の支給対象となるものというべきである。
〔雑則-附加金〕
 原告らは、被告の割増賃金の不払につき、付加金を課すべきことを求めているが、原告Xは平成七年三月一五日に、同小村は同月一六日に、それぞれ、一日の法定労働時間である八時間を超えて労務を提供し、労基法三七条所定の時間外労働を行ったものと認められるものの、後記二2認定の事実によれば、被告が時間外労働に伴う割増賃金の支払をしないのは、労基法三二条の二に関する法的見解に基づき、その支払義務を有しないものと判断していたものと認められること、その他、本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、被告に対して付加金を課するのは相当ではないというべきである。