ID番号 | : | 07559 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | オタフクソース事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | ソース会社Y1に入社して半年後にY1の実質の製造部門である会社Y2に転籍され、Y2の製造部門でソース等の製造業務に従事し、転籍約二年後にうつ病に罹患し職場において自殺し死亡したA(当時二四歳)の母親Xが、Y2における業務は、早朝からの勤務で、長時間かつ過密であり、夏場の職場は四〇度を超える高温であり、過酷であったこと、Aは人的環境の変化により、ケアレスミスの多い同僚等を指導するリーダーとしての立場に就くようになってから心身の負担が増大していたこと等から、Y2らが、職場環境改善に努めることなくこれを放置したためにAが自殺したとして、Yらの安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任及び不法行為責任に基づく損害賠償を請求したケースで、Aのうつ病は業務に起因する慢性的疲労並びに職場における人員配置の変更とこれに伴う精神的、身体的負荷の増大であるとして、右発症の業務起因性を肯定し、Y2での業務とうつ病発症、うつ病とAの自殺との間の相当因果関係を認めたうえで、Y2らは作業環境が過酷であることを分かっており、担当部門から外して医師の治療を受けさせるべきであったとして、Y2らの安全配慮義務違反を認め、債務不履行及び不法行為責任に基づき損害賠償義務を肯定し、Y2らの過失相殺の主張も退けて、請求が一部認容された事例(法に基づく給付のうち葬祭料のみが損益相殺の対象とされた)。 |
参照法条 | : | 民法415条 労働者災害補償保険法64条1項 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償 |
裁判年月日 | : | 2000年5月18日 |
裁判所名 | : | 広島地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成8年 (ワ) 1464 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(控訴(後取下げ)) |
出典 | : | タイムズ1035号285頁/労働判例783号15頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 秋谷学・季刊労働法201号253~266頁2002年11月/西村健一郎・月刊ろうさい52巻3号4~7頁2001年3月/池上忍・労働法律旬報1493号10~13頁2000年12月10日 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 被告Y2の特注ソース等製造部門における業務は、午前五時、六時といった早朝から出勤しての作業であり、平成七年当時、Aも早朝から出勤する業務であったこと、各々の作業自体の負担はそれほどではないものの、各作業は並行して、あるいは断続的に行われるために作業全体でみると密度の濃いものであること、平成七年八月の盆休み(八月四日から同月一一日ころ)には特注ソース等の製造量が増加し、おりからの熱暑に加えて作業が過密かつ長時間に及んだため、八月七日には同僚のBが、翌八日にはAがいずれも脱水症状で体調を崩して病院を受診していること、Aは翌九月一三日にも同様の理由で体調を崩し、再度病院を受診していること、Aが作業していた職場は夏場には四〇度を超えるほどの高温となり、体力を消耗しやすい作業環境にあったこと、平成七年の夏は猛暑が続き、作業環境は一層悪化していたことがいずれも認められ、これらのことからすれば、平成七年九月ころにおいては、Aは日々の作業により慢性的な疲労状態にあったと推認することができる。〔中略〕 Aは自分は会社から期待されていると意識していたこともあって(原告本人尋問の結果)、Bが職場を替わった平成七年九月八日以降、経験の一番長い自分が特注ソース等製造部門を失敗のないように運営してゆかなければならないとの気持ちを強く持つようになったけれども、Cらは失敗を続け、かつ、失敗は自己の責任ではないといった対応をすることから、Cらに対してどのような指導を行えば効果的であるかについて悩むことが多くなり、その精神的負担が増大していったものと推認することができる。〔中略〕 Aの性格についてはD医師の指摘するような点が存在し、したがってAがうつ病を発症するについては同人の性格が影響している可能性は否定できない。しかしながら、Aには精神疾患の既往歴はなく、同人の家族に精神疾患の既往歴のある者がいることを認めるべき証拠はない(父親の死因が脳内出血であることは前述のとおりである。)。したがって、Aの性格がうつ病発症の一因であるとしても、その大きな部分を占めるのは業務に起因する慢性的疲労並びに職場における人員配置の変更とこれに伴う精神的、身体的負荷の増大であるというべきであるから、うつ病発症の業務起因性はこれを肯定することができる。〔中略〕 Aがうつ病に罹患していたと認められる九月二二日ころ以降においても、Aの気持ちの負担を軽減するような形、例えば、Bを特注ソース等製造部門に戻すとか、同部門の知識経験が一郎と同等又はそれ以上の者を新たに配置するといった対策は講じられなかった。そして、九月末日ころにはCらによる製造ミスが続いたため、Aはますます自信を喪失し、症状を悪化・進展させたものとみることができる。 (三) Aの自殺はこのようなうつ病によるうつ状態の進行の中で衝動的、突発的にされたものと推認するのが相当であり、Aの自由意思の介在を認めることはできない。 6 以上のとおりであり、Aの被告Y2での業務とうつ病発症との間及びうつ病とAの自殺との間にはいずれも相当因果関係があるというべきである。〔中略〕 被告らはそれぞれに要求された安全配慮義務を怠った過失により、労働契約上の債務不履行責任(民法四一五条)及び不法行為責任(同法七〇九条、七一五条、七一九条)を負っており、Aが被った損害について損害を賠償する義務があるというべきである。 なお、被告らの債務関係については、両被告の関係、本件債務の性質に照らせば、不真正連帯債務の関係にあると解するのが相当である。〔中略〕 本件においてはうつ病発症の前段階として心身の慢性的疲労状態が存在したと考えられるところ、そのような状態に至るについてAの側にも何らかの原因があったと認められるかという点である。しかし、業務外においてAに心身の慢性疲労を生じさせるような原因があったことを認めるに足りる証拠はない。また、業務上の問題については、D次長らは、本件作業所の夏場における過酷な職場環境はこれを承知していたし、特注ソース等製造部門のスタッフに問題があるとの指摘はBから受けており、平成七年八月にそれが原因でBがCに暴行したことは分かっていた。したがって、この観点からしてもAの過失を肯定することは困難である。 なお、疾病の性質上、その発生にはAの性格が一定限度で寄与しているであろうことは容易に推認できるところである。ただ、先にAの身上経歴において認定したとおり、Aは少年時代、学生時代を通じて性格上の問題を周囲に感じさせることなく過ごして被告Y1に入社しているのであり、したがって、Aがうつ病を発症し易い性格要素を有していたとしても、それは通常の性格傾向の一種であるにすぎず、この点をA側の事情として損害賠償請求の減額事由とすることは相当でない。〔中略〕 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要があり、また、被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合にも、右の損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る。ただし、不法行為に基づく損害賠償制度の目的からすると、被害者又はその相続人が取得した債権につき、右の損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られる(最高裁平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁)。 (二) 本件の場合、法に基づく遺族補償年金(同法一六条の二以下)及び葬祭料(同法一七条)は業務災害による労働者及びその遺族の損害を填補する性質を有するものであるから、損害と利益との間に利益の同質性があるこ(ママ)ということができる(なお、前者については同法六四条に使用者の損害賠償義務の履行と年金給付との調整に関する規定が定められている。)。一方、遺族特別支給金は、法二三条一項二号、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和四九年労働省令第三〇号)一条、二条三号に基づき被災労働者の遺族に対して支給されるものであるが、その支給の趣旨目的からすると、これを損害額から控除することはできない(最高裁平成八年二月二三日第二小法廷判決・民集五〇巻二号二四九頁)。 (三) 原告(昭和一三年五月八日生まれ)が本訴口頭弁論終結時点(平成一二年三月三〇日)において遺族補償年金を現実に受領し、あるいは法六〇条に基づく遺族補償年金前払一時金を請求している可能性はあるけれども、これを認めるべき証拠はない。よって、遺族補償年金等を損益相殺の対象とすることはできない。 (四) したがって、法に基づく給付のうち損益相殺の対象となるのは葬祭料金五〇万〇〇二〇円(損害額は金一三〇万円)のみとなる。 |