全 情 報

ID番号 07581
事件名 休業補償不支給決定取消請求上告事件
いわゆる事件名 横浜南労基署長・東京海上横浜支店事件
争点
事案概要  支店長付きの運転手として支店長の業務の都合に併せて不規則な運転業務に従事してきたX(当時五四歳で脳動脈りゅうの基礎疾患あり)が、早朝に支店長を出迎えに行く途中、激しい頭痛に見舞われ、救急車で病院に搬送され、くも膜下出血と診断されて休業し、横浜南労基署長Yに対し労災保険法に基づく休業補償給付の請求をしたが不支給処分を受けたため、本件発症の約半年前から所定休日は確保されていたとはいえ、時間外労働が七時間を上回り、走行距離も長く、特に一か月前にはそれに加えて宿泊を伴う長距離、長時間運転により体調を崩し、前日には遅くまで修理業務を行い、睡眠時間が短かったこと等から、本件発症は業務に起因するものであるとして、右処分の取消しを請求したケースの上告審(X上告)で、原審は、Xの請求を認容した一審を取り消したが、Xが右発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が、Xの基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、右発症に至ったとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができるとして、Xの上告が認容され、原審が破棄された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働基準法75条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 2000年7月17日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (行ツ) 156 
裁判結果 破棄自判(確定)
出典 時報1723号132頁/タイムズ1041号145頁/裁判所時報1272号1頁/労働判例785号6頁
審級関係 控訴審/06531/東京高/平 7. 5.30/平成5年(行コ)71号
評釈論文 岡村親宜・労働判例799号5~12頁2001年5月1日/山口浩一郎・月刊ろうさい51巻11号4~8頁2000年11月/小畑史子・労働基準53巻3号19~23頁2001年3月/西村健一郎・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕134~135頁/渡辺章・判例評論510〔判例時報1749〕220~230頁2001年8月1日
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 前記事実関係によれば、上告人の業務は、支店長の乗車する自動車の運転という業務の性質からして精神的緊張を伴うものであった上、支店長の業務の都合に合わせて行われる不規則なものであり、その時間は早朝から深夜に及ぶ場合があって拘束時間が極めて長く、また、上告人の業務の性質及び勤務態様に照らすと、待機時間の存在を考慮しても、その労働密度は決して低くはないというべきである。上告人は、遅くとも昭和五八年一月以降本件くも膜下出血の発症に至るまで相当長期間にわたり右のような業務に従事してきたのであり、とりわけ、右発症の約半年前の同年一二月以降は、一日平均の時間外労働時間が七時間を上回る非常に長いもので、一日平均の走行距離も長く、所定の休日が全部確保されていたとはいえ、右のような勤務の継続が上告人にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定し難い。しかも、右発症の前月である同五九年四月は、一日平均の時間外労働時間が七時間を上回っていたことに加えて、一日平均の走行距離が同五八年一二月以降の各月の一日平均の走行距離の中で最高であり、上告人は、同五九年四月一三日から同月一四日にかけての宿泊を伴う長距離、長時間の運転により体調を崩したというのである。また、その後同月下旬から同年五月初旬にかけては断続的に六日間の休日があったとはいえ、同月一日以降右発症の前日までには、勤務の終了が午後一二時を過ぎた日が二日、走行距離が二六〇キロメートルを超えた日が二日あったことに加えて、特に右発症の前日から当日にかけての上告人の勤務は、前日の午前五時五〇分に出庫し、午後七時三〇分ころ車庫に帰った後、午後一一時ころまで掛かってオイル漏れの修理をして(右修理も上告人の業務とみるべきである。)午前一時ころ就寝し、わずか三時間三〇分程度の睡眠の後、午前四時三〇分ころ起床し、午前五時の少し前に当日の業務を開始したというものである。右前日から当日にかけての業務は、前日の走行距離が七六キロメートルと比較的短いことなどを考慮しても、それ自体上告人の従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず、それまでの長期間にわたる右のような過重な業務の継続と相まって、上告人にかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきである。
 他方で、上告人は、くも膜下出血の発症の基礎となり得る疾患(脳動脈りゅう)を有していた蓋然性が高い上、くも膜下出血の危険因子として挙げられている高血圧症が進行していたが、同五六年一〇月及び同五七年一〇月当時はなお血圧が正常と高血圧の境界領域にあり、治療の必要のない程度のものであったというのであり、また、上告人には、健康に悪影響を及ぼすと認められるし好はなかったというのである。
 以上説示した上告人の基礎症患の内容、程度、上告人が本件くも膜下出血発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、脳動脈りゅうの血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなり得るものであることを併せ考えれば、上告人の右基礎疾患が右発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては、上告人が右発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が上告人の右基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、右発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。したがって、上告人の発症した本件くも膜下出血は労働基準法施行規則三五条、別表第一の二第九号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきである。