ID番号 | : | 07613 |
事件名 | : | 労働者災害補償不支給処分取消請求控訴事件 |
いわゆる事件名 | : | 富岡労基署長・東邦塗装事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 火力発電所のボイラー設備建設工事のうち塗装工事の下請けをする塗装会社Bで、課長職であった労働者A(当時四〇歳で、高血圧症の基礎疾患)の妻Xが、Aは単身赴任(職人と起居と共にしていた)しながら、たった一人の現場監督として、職人らを統括し、これに適切な指示を与えるなどして工期までに工事を適正に完成させるという職務を負っていたところ、赴任六か月後から、天候等による工事の遅れ等から残業時間が増加し労働時間が早朝から深夜に及ぶ激務が続いていたことのなかで、その約三か月後、業務従事中に脳出血を発症し、その翌朝死亡したことから、労災保険法に基づき遺族補償給付と葬祭料を請求したところ、労基署長Yから不支給決定を受け、右処分の取消しを請求したケースの控訴審で、原審はXの請求を棄却したが、Aの業務は、精神的ストレスや疲労、身体的疲労を極度に蓄積する業務であったというべきであり、右のような過重な業務の継続によってAには慢性の疲労や過度のストレスといった精神的、肉体的負荷が相対的に有力な原因となり、これとAの基礎疾患である高血圧症が協働原因となって脳出血を発症されたものと認めることが相当であり、Aの業務と脳出血による死亡との間には相当因果関係があるとして、Xの控訴が認容され、原審が取り消された事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法79条 労働基準法施行規則別表1の2第9号 労働者災害補償保険法7条1項1号 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等 |
裁判年月日 | : | 2000年9月28日 |
裁判所名 | : | 仙台高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成12年 (行コ) 2 |
裁判結果 | : | 認容(原判決取消)(確定) |
出典 | : | 労働判例794号19頁 |
審級関係 | : | 一審/福島地/平11.12.27/平成7年(行ウ)6号 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕 前判示のとおり、Aには、基礎疾患として高血圧症が認められ、高血圧症の者がこれを放置すれば脳動脈の脆弱化が進行して、脆弱化した血管壁が破裂するなどして自然発生的に脳出血が発症すると考えられている。一方、脳出血は、身体外部から頭部などに強い力が加わった場合や極度の驚愕、緊張、興奮等著しい精神的負荷が加わったり、仕事による精神的緊張やストレス、疲労の蓄積等による精神的・肉体的負荷が加わった場合にも脳出血等の脳血管疾患を引き起こす可能性があることが認められている。 ところで、Aの発症した脳出血は、前記認定のとおり、その発症部位や強力な血圧降圧剤の使用にもかかわらず血圧が低下しなかったことなどから、相当高度の高血圧症に罹患していた可能性が高いことが認められるが、一方、脳出血発症前のAの血圧値は判明しておらず、Aの右基礎疾患が脳出血発症当時その自然の経過によって、一過性の血圧上昇があれば直ちに脳出血を発症する程度にあったとまで認めることはできない。また、Aの脳出血が外部からの衝撃により発症したものでないことは、前記認定のとおりAに外傷のないことから明らかであるし、Aが、強度の肉体的、精神的負荷を受け、その結果、急激な血圧変動や血管収縮を引き起こして脳出血を発症したといえるような異常な出来事に遭遇した事実も認められない。〔中略〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕 Aの業務内容について検討してみると、 (1) Aは、本件ボイラー建設工事の塗装工事を請負ったB会社の現場監督として、同社から塗装工事の孫請けをしたC会社及びその職人らを統括し、これに的確な指示をして、元請会社から指定された工期までに、塗装工事を適正に完成させるという、重い職責を負っていた。しかも、Aにとっては、本件現場のような大規模な工事は初めての経験であるうえ、B会社では、もともと複数の社員の派遣を予定していたところ、人手不足からA一人を現場に派遣することになったものであり、その業務内容が一人では過重であったと解されることに加え、職務に代替性がなく、常に現場において作業終了時まで勤務している必要があり、また、補助者がいないため、雑用(残業食の買い出し等)までがA一人に集中し、業務の拘束性の極めて高い職場環境にあった。そのため、Aは、体が疲れているときにも、他人に任せて早めに宿舎に帰宅するなど、体調に合わせて職務内容を調整することが全くできない状況にあった。 (2) Aは、昭和六三年二月二六日に本件現場に単身赴任して以来、脳出血を発症した一一月一四日までの約八か月半の間、単身赴任生活を続け、しかもその大半をC会社の借受けた一戸建て住宅で同組の職人と起居を共にしてプライバシーのない生活を送っており、生活環境も芳しくなかった(この点はAが自ら好んで選択したことであるが、職人と起居を共にする方が仕事がやりやすいとの職務上の判断に基づくものと理解でき、Aに責められるべき点はない)。 (3) 塗装工事の進捗状況をみても、天候不順による工事の遅れや、職人不足による工事の遅れがあり、特に、消防検査や火入れ式等の節目の工程があり、その工期が迫る中で、職人の手配がスムーズにいかず、焦燥感を募らせるなど多大の精神的負担を伴う工事であった。 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕 (4) 勤務時間についても、八月一七日以降は休日勤務が増加し、一一月一三日までの八九日の間のうち、休日が五日(うち一日は本社との交渉業務に費やされているので実質は四日)しかなく、九月末からは、消防検査や火入れ式等の節目の工程に追われて残業を余儀なくされ、残業時間が増加していき、特に一〇月四日から一二日までの間は同月六日を除いて、一日当たりの残業時間が五時間(前記認定のとおり午後七時以降の時間)以上に及び、朝六時五〇分ころに宿舎を出て、深夜一時近くに宿舎に戻るという激務が続き、その後も、一〇月一六日から一一月一二日までほぼ連日三時間(前同)程度の残業が続き、帰宅時間が午後一一時近くになるという状態が続いていた。 (5) 具体的職務の内容も、危険性の高い、高所での勤務を伴うものであるうえ、多数の職人を取りまとめて予定どおりに仕事を進めなければならず、また、関係各社の担当者との折衝等気苦労の極めて多いものであった。 以上のような事情を認めることができ、これと前記認定の各事実を総合して判断すれば、Aの本件現場における業務は、精神的ストレスや疲労、身体的疲労を極度に蓄積する業務であったというべきであり、右のような過重な業務の継続によってAには慢性の疲労や過度のストレスが蓄積され、そのような精神的、肉体的負荷が、相対的に有力な原因となり、これとAの基礎疾患である高血圧症が協働原因となって、脳出血を発症させたものと認めるのが相当であり、Aの業務とAの発症した脳出血による死亡との間には相当因果関係があるというべきである。〔中略〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕 以上検討したところによると、Aの脳出血については、業務起因性が認められるところ、これと異なる見解に立って被控訴人がした本件処分は違法であるから、これを取り消すべきである。 |