全 情 報

ID番号 07617
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 わかしお銀行事件
争点
事案概要  銀行Yの本店営業部主任調査役であったXが、支店の副支店長時代に、取引先の不動産会社から個人的に三五〇万円を借り入れ、更に、渉外業務で知り合った顧客をその取引先に紹介して不動産取引を成功させた謝礼として約六二〇万円の謝礼を受け取ったことが、就業規則所定の懲戒解雇事由(規則規程に反して不正行為があったとき、職務に関連して不正に謝礼等を受けたとき)に該当するとして懲戒解雇され、退職金規程によって退職金が不支給であったことから、(1)主位的に解雇無効を主張し雇用関係存在の確認、(2)予備的に解雇が有効であった場合に退職金の支払を請求したケースで、(1)については、右Xの行為はいずれも就業規則の懲戒解雇事由に該当し、Xに有利な事実を判断しても、Yが懲戒処分として懲戒解雇を選択したことは合理性があり、本件解雇は客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当として是認することができるとして、請求が棄却され、(2)については、懲戒解雇された従業員には退職一時金を支給しない旨の規程は有効であり、それに基づき、YはXに対し、退職金支払義務を負わないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 2000年10月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 18436 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例798号9頁/労経速報1749号15頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 被告が業として普通銀行を営んでおり、広く社会一般から預金等の形態で調達した資金を運用することを企業活動の根本とする以上、被告の銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であること、本件就業規則一二条(七)は、銀行の取引先及び関係者に対する金銭・手形・物品の借入れを禁止しているのみならず、銀行の取引先及び関係者に対する金銭・手形・物品の貸付け及びその保証並びに銀行の取引先及び関係者に対する金融のあっせんも禁止していること、以上の点に照らせば、本件就業規則一二条(七)は、被告の職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる金銭消費貸借等を禁止することで、被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で設けられた規定であると解される〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 そうすると、本件金銭借入は、本件就業規則一二条(七)に違反しているというべきであり、したがって、本件就業規則七三条(二)に該当するというべきである(なお、本件就業規則七三条(二)で懲戒処分の対象となるのは単に規則・規程に違反する「行為」ではなく、規則・規程に違反する「不正行為」であるが、本件就業規則一二条(七)が設けられた趣旨からすれば、本件就業規則一二条(七)に違反する行為は「公正さ」を害する行為という意味において「不正行為」であると解することができるから、本件就業規則一二条(七)に違反する行為は本件就業規則七三条(二)に該当するものというべきである。)。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 被告の銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であるといえること、本件就業規則一二条(六)は、被告の職員が職務に関連して贈与及び饗応を受けることを一切禁止していること、以上の点に照らせば、本件就業規則一二条(六)は、被告の職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる謝礼の受領等を禁止することで、被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で設けられた規定であると解される。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 本件解雇の懲戒処分としての相当性について前記一で認定した事実によれば、被告においては、その営む銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であり、被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で本件就業規則一二条(七)及び一二条(六)を設けているが、原告が行った本件金銭借入及び本件謝礼受領は、これらの規定に違反する行為であり、被告としては到底看過することができない重大な非違行為であるといえること、本件金銭借入及び本件謝礼受領の各非違行為を犯した当時の原告は、板橋支店の副支店長の地位にあり、部下の職員に被告の諸規定・規則類を遵守するよう指導監督すべき職責を担っていた者であるにもかかわらず、そのような職責を担う原告が自ら率先して本件就業規則をないがしろにする所為に出たことは、被告と原告との間の信頼関係を破壊するものといえること、原告が本件金銭借入及び本件謝礼受領によって得た金員は六二〇万円余りと多額にのぼっており、その金額は原告の請求に係る退職一時金の金額よりも多いこと、以上の事実が認められ、これらの事実を総合すれば、原告は、被告から本件金銭借入及び本件謝礼受領について事情を聴取された早い段階で本件金銭借入及び本件謝礼受領を認めていたこと、原告は、A銀行から通算すると、被告に一九年余り勤務していたことになるが、前記第二の二2の事実及び証拠(〈証拠略〉)によれば、その間の原告の勤務態度や勤務成績が格別不良であったことは認められないこと、本件金銭借入及び本件謝礼受領によって被告に実損害が発生したことや被告の対外的な信用が毀損されたことはうかがわれないこと、本件金銭借入や本件謝礼受領によって被告の職員に対し何らかの悪影響を与えたこともうかがわれないことなど、原告に有利な事実を勘案しても、被告が本件金銭借入及び本件謝礼受領を理由に原告に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したことは合理的かつやむを得ないものであると認めることができる。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 原告に賞罰委員会の席上での弁明の機会を与えていなかったこと、しかし、賞罰委員会の委員でもある人事部長及び人事部副部長が原告と面談しており、その面談の際に本件金銭借入及び本件謝礼受領を認めた上で、これらの行為が本件就業規則上禁止されていることは理解していた旨を表明していたこと、原告は、検査部におる事情聴取の際に、本件金銭借入及び本件謝礼受領を自認しており、その旨の自筆の調書が作成されていたことが認められ、これらの事実によれば、原告に賞罰委員会の席上での弁明の機会を与えていなかったからといって、そのことから直ちに本件解雇の手続に瑕疵があり、本件解雇が無効であるということはできない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当として是認することができるから、解雇権の濫用として無効であるということはできない。