全 情 報

ID番号 07627
事件名 遺族補償等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 京都上労基署長(明星自動車)事件
争点
事案概要  タクシー会社Yの営業係長として、タクシー乗務員の管理、業務指導等の業務に一週間ごとの昼夜交代制で従事していたA(当時四三歳 約一〇年前から若年性高血圧症とされ降圧剤治療を必要とする状態であったが、塩分制限以外は積極的治療を受けていなかった)が午後出勤して会社の会議室で開催された営業乗務員を対象とする定例研修会に講師として出席し、運行体制の変更案の説明中、椅子に座ったまま脳内出血により倒れ、病院に搬送され治療を受けていたが、一週間後に死亡したことから、その妻であるXがAの死亡を業務上の事由によるものであるとして、京都労基署長Yに対し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、不支給処分とされたため、右処分の取消しを請求したケースで、Aは長期間継続した高血圧症によって動脈硬化の進行を見てこれが原因となって脳血管の破綻が招来され、本件発症に至ったものと認めるほかなく、Aが従事していた業務によって基礎疾患である高血圧症が自然的な進行進度を超えて顕著に増悪したとも認められず、当該業務が他の原因と比較して相対的に有力な原因となって本件発症を見たとも認められず、本件発症につき業務起因性は認められないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8第1項
労働者災害補償保険法7条1項
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1997年8月22日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (行ウ) 10 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例789号70頁
審級関係 控訴審/07440/大阪高/平11. 7.29/平成9年(行コ)46号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 高血圧症等を持病(基礎疾患)とする労働者がその業務の遂行中に脳出血の発症を見て死亡するに至った本件におけるような場合にその発症(疾病)が労災保険法一二条の八第二項、労働基準法七五条、七九条に定める「業務上」のものに該当するというためには、当該労働者が従事していた業務が右発症(疾病)の他の原因と比較して相対的に有力な原因として持病(基礎疾患)を自然的増悪の程度を超えて増悪させ、その結果脳出血の発症(疾病)を招いたことを要するというべきであり、その旨の事実を労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求する原告が主張立証するべきである。〔中略〕
 原告は労働者の従事していた業務が共働原因となって基礎疾患を増悪等させその結果脳出血等を発症させれば足りるなどと主張する。
 しかし、一般的に高血圧症等の基礎疾患の発症が各種業務との関連があるとの医学上の知見があるとは認められず、本件においても前叙のとおりAの高血圧症の発症は会社の業務によるものではないことが明らかであるし、一般に労働者の従事する業務が一定の目的に向かって整序された人間の行為の連続であることから、多かれ少なかれ精神的な緊張を伴うものであることは避けられず、前掲の各証拠により窺える高血圧症の特質等にかんがみると、相当の期間にわたって観察するときは、ほとんどすべての業務が程度の差はあれ精神的な緊張をもたらし、血圧の変動に関わりを持つに至ることが推認されるのである。〔中略〕したがって、原告の主張するような見解に従うと、ほとんどの業務が基礎疾患とあいまって脳出血を招来させると見るほかなくなることが予測され、「業務上」との要件の意味が失われるに至るであろう。
 以上のほか、労働基準法七五条二項を受けた労働基準法施行規則三五条別表第一の二、一号から八号と同九号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」との均衡からしても、労災保険制度が使用者の負担において運営される点などからしても、原告の主張は採用することができない。〔中略〕
 以上の説示を踏まえ、特にAの高血圧症の発症時期、死亡時に至るまでの期間、その間の血圧数値の推移、心肥大、高脂血症、心筋虚血、冠動脈硬化症等の発現及びその時期(昭和六〇年一二月以降も左室肥大が継続したことが推認される。)、昭和五九年ころから血圧が血管の収縮期に二〇〇前後に達し、拡張期に一一〇前後であったにもかかわらず、薬物治療も施さず自然の進行に委ねたことなどにかんがみると、Aは長期間継続した高血圧症によって動脈硬化の進行を見てこれが原因となって脳血管の破綻が招来され、本件発症に至ったものと認めるほかなく、Aが従事していた業務によって基礎疾患である高血圧症が自然的な進行進度を超えて顕著に増悪したとも認められないし、当該業務が他の原因と比較して相対的に有力な原因となって本件発症を見たとも認められない。