全 情 報

ID番号 07632
事件名 公務外認定処分取消請求事件
いわゆる事件名 地公災基金岡山県支部長(倉敷市役所職員)事件
争点
事案概要  市役所の下水道局下水建設部の係長として勤務していたA(当時四二歳・高血圧症、高脂血症、高尿酸血症等の基礎疾患あり)が急性心筋梗塞により死亡したため、Aの妻Xが地方公務員災害補償金岡山県支部長Yに対し、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求したところ、Yは公務外認定処分を行ったため、右処分の取消しを請求したケースで、Xが死亡前までの五年八カ月管に従事した公務内容は、その性格自体、技術職職員としての専門知識経験を要求される難易度の高い職務であるとともに、後半の二年八ヶ月間においては、係長として組織管理全般及び対外的折衝調整事務が負荷されたことにより公務の困難性がさらに増加し、その中で長期間にわたる深夜休日に及ぶ現地説明会、補償交渉、苦情処理等を含む日常的な超過勤務状態はAの心身に対して強い負担を課し続けてきたとみられるところ、このような公務の過重さが若年ながら高血圧症等に悩まされるAにその治療上必要な生活面全般における規則的かつ正常な生活の保持を著しく困難にならしめたうえ、Aの基礎疾患とあいまってAの死亡原因となった心筋梗塞の前駆疾患である冠状動脈硬化症を発症、増悪させる要因として作用したであろうことは推認するに難くないことであり、Aの死亡とAの従事していた公務との間には相当因果関係があるというべきであるとして、請求が認容された事例。
参照法条 地方公務員災害補償法31条
地方公務員災害補償法42条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1998年12月22日
裁判所名 岡山地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (行ウ) 7 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例811号63頁/判例地方自治192号75頁
審級関係 控訴審/07673/広島高岡山支/平12.10.26/平成11年(行コ)2号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 法に基づく補償は、地方公務員が公務の遂行上被った災害(負傷、疾病、障害又は死亡)に対して行われるものであって(法1条)、右の公務災害のうち公務上の死亡とは、地方公務員が公務の遂行に当たり公務に基づく負傷又は疾病(以下「傷病」という。)に起因して死亡した場合をいい、右傷病と公務との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質からすれば、公務の場合にも、当該公務に内在する危険が現実化したことにより地方公務員に右の傷病が発生した場合に地方公共団体に無過失の補償責任としての災害補償責任が生じるというべきであり(危険責任の法理)、相当因果関係の有無は、右の見地から医学的知見等の科学的知識に基づき経験則に照らし死亡の原因である傷病が当該公務に内在する危険が現実化したものであるか否かによってこれを決すべきものと認める。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 本件のように、急性心筋梗塞が慢性的経過によって発症、増悪した冠動脈硬化症の終末疾患であり、現在の医学的知見に照らし冠動脈硬化症が高血圧症その他の基礎疾患を始めとする内的要因に過度の精神的身体的負担といった外的要因も直接又は間接に生体に対して相乗的に作用することによって発症、増悪すると考えられる疾患であることからすると、前述の行政基準に該当しないからといって直ちに公務起因性を否定するのは相当でなく、公務上の過重負担が当該地方公務員に対し長期間にわたり右に述べる過度の精神的身体的負担をもたらしており、冠動脈硬化症の病因及び病態生理並びに当該地方公務員の症状の経過等からして公務の遂行が急性心筋梗塞の発症及び増悪と密接な関連を有すると認められたときは、公務起因性を肯定するのが相当である。けだし、諸般の事情からみて公務の遂行と死亡原因となった疾病の発症及び増悪との間における原因結果の関係を否定できないために公務の遂行も競合する複数の原因事情の一つであると認められる場合に、公務の遂行が複数ある原因事情の中で相対的に有力なものであるか否かといった見地から当該疾病につき地方公務員災害補償の対象となる災害であるか否かを判断することは、現在の医学的知見からして必ずしも容易でないため、右の認定判断の適正さを確保することに困難を伴うばかりでなく、地方公務員災害補償制度が地方公共団体の拠出する基金によって所属公務員が公務の遂行に当たり被った災害につき原則として公務員側の過失の有無・割合といった原因事情を問うことなく補償を与えることによって地方公務員が安んじて公務を遂行することを可能とならしめようとした目的・趣旨からすると、当該疾病が公務の遂行と密接な関連を有して発症、増悪したと認められる以上、当該地方公務員においてことさら当該疾病の発症及び増悪を回避することを怠った、あるいは、容易に当該疾病の発症及び増悪を回避することができたのにこれを怠ったといえる特段の事情のない限り(法30条参照)、公務に内在する危険が現実化したものとして、当該疾病を地方公務員災害補償の対象とするのが相当であるからである。そして、右にいう死亡原因となった疾病の発生及び増悪が公務の遂行と密接な関連を有するか否かの判断に当たっては、当該疾病の病因及び病態生理に関する医学的知見を基礎としながら、公務の内容・性質からみた困難さの度合い並びに公務の繁閑の程度及びその期間等の諸事情からみて、地方公務員にとって公務の遂行による精神的身体的負担が公務において通常予定されている負担の程度を著しく超えるものであったか否かをその年齢を含む心身の常況等との関連で判断すべきものであり、当該地方公務員にとってその精神的身体的負担が右に述べる程度を著しく超えるものであったと認められるときは、公務の遂行と疾病の発症及び増悪との間に経験則上密接な関連があるものとして、公務起因性を肯定するのが相当である。〔中略〕
 Aの健康状態は、既に冠動脈硬化症の進行により次第に前述のような公務の過重さに耐え難い状態になっていたものと認められる。Aは、このような心身の状況の下で、前記のとおり夜間休日勤務を含む長時間の超過勤務を5年数か月長期間にわたって継続していたものであり、このような公務の過重さが若年ながら高血圧症、高脂血症、高尿酸血症等に悩まされるAをしてその治療上必要な食事、運動、休養、睡眠といった生活面全般における規則的かつ正常な生活を保持することを著しく困難にならしめた上、右の基礎疾患とあいまって同人の死亡原因となった心筋梗塞の前駆疾患である冠状動脈硬化症を発症、増悪させる要因として作用したであろうことは推認するに難くないところであり、冠状動脈硬化症の病因及び病理・病態に関する前記医学的知見並びにAの前記症状の経過等に照らすならば、経験則上公務の遂行が冠状動脈硬化の発症及び増悪さらにはその終末像である心筋梗塞の発症及び増悪に密接に関連しているものと認めるのが相当であるから〔中略〕そうであれば、心筋梗塞をもたらした冠状動脈硬化の基礎疾患とされる高血圧症、高脂血症、高尿酸血症等の発症それ自体は、公務の遂行に由来するものでなく、Aの食事、運動、睡眠、喫煙といった生活習慣や家族病歴から明らかな遺伝的・体質的要因によって左右されるものであり、なお、死亡する数か月間にあっては従前ほどは繁忙でない勤務状態であったとしても、公務起因性を肯定するのが相当である。
3 以上によれば、Aの急性心筋梗塞による死亡と同人が従事していた公務との間には相当因果関係があるというべきであるから、その公務起因性を否定した本件処分は違法であることを免れないというべきである。