全 情 報

ID番号 07638
事件名 労災保険不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 尼崎労基署長(森永製菓塚口工場)事件
争点
事案概要  製菓株式会社Yの工場の従業員食堂の調理師として夜勤を含む一週間ごとの輪番制で勤務していたA(当時五六歳・肝障害、糖尿病、高血圧症、不整脈の基礎疾患あり)は、夜勤業務連続五日目の午前三時頃食堂厨房内で直接死因を急性肺炎として死亡したため、Aの妻Xが尼崎労基署長Yに対し、右死亡を業務上の事由によるものとして、労災保険法に基づく遺族補償年金、葬祭料及び遺族特別支給金を請求したが、不支給処分がなされたため、Aの業務は過重であり、またAは本件発症時肺炎に罹患し安静と十分な休養・睡眠を取ることを指示されていたが、夜勤交替は困難であり治療機会を喪失したと主張し、右処分の取消を請求したケースで、夜勤業務の内容自体は過重であったとはいえず、発症前一週間、一ヶ月間、六ヵ月間のいずれの時期をみても、Aは所定の休暇をとり、時間外労働もさほど多いとは認められないこと、発症直前の夜勤業務量も特段多かったとはいえないこと、また夜勤業務がAの肺炎を自然的経過を超えて増悪させたとまで認めることができず、かえってAの基礎疾患が肺炎を死因となるまで遷延させる要因と成り得ることが認められることなどからすれば、業務の遂行による過重負荷がAの死亡に対し相対的に有力な原因となったとは認めることができず、また治療機会の喪失によりAが死亡したと認めることができないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8第2項
労働基準法79条
労働基準法80条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1999年10月28日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行ウ) 11 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例800号21頁
審級関係 控訴審/07678/大阪高/平12.11.21/平成12年(行コ)9号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法12条の8第2項が引用する労働基準法79条及び80条にいう業務上の死亡とは、当該業務と死亡との間に相当因果関係が存在することをいうものであるところ、労働者災害補償保険は、保険料の主たる原資が事業主の負担する保険料とされている上、責任保険としての性格を有すること(労災保険法12条の2の2、労働基準法84条1項)からすると、当該死亡の原因が業務に内在し、随伴する危険の現実化と見られる場合に業務と死亡との間の相当因果関係が認められると解される。
 よって、被災者の死亡につき基礎疾患等の他の原因が認められる場合に相当因果関係が認められるためには、当該業務が他の原因に比べて相対的に有力な原因となっていたと認められることを要すると解するべきである。すなわち、労働者が予め有していた基礎疾患などが原因となって傷病等を発症させて死亡した場合には、当該業務の遂行により自然経過を超えて基礎疾患などが著しく増悪して傷病等が発症し、死亡したと認められたときに、右の業務の遂行が死の結果に対し相対的に有力な原因になっているとして相当因果関係が認められると解するのが相当である。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 B医師及びC医師の見解並びに鑑定の結果を総合すると、肺重量の増加、胸水貯留、強い肺水腫像等の解剖所見等からAの死亡の原因は急性肺炎であると判断するのが相当である。そして、鑑定の結果によれば、Aは、急性肺炎に加えて、成人型呼吸促迫症候群による急性呼吸不全により、又は細菌性敗血症による血液のアチドーシスからくる不整脈により、突然死に至ったものと認められる。これに対し、D医師は、急性肺炎による死亡としては、Aが死亡した状況があまりにも急激であったとして、急性肺炎を直接死因とは考えにくいとするが、病理解剖学的所見などから、Aが急性肺炎から急性呼吸不全又は不整脈を発症したことによる突然死としても十分説明しうるとする鑑定の結果に照らし、右の見解は採用できない。〔中略〕
 当該傷病の発生が業務に内在し、随伴する危険の現実化と見られる場合に業務と発症との間の相当因果関係が認められると解されることからすれば、業務の過重性を判断する際は、原則として当該労働者と同程度の年齢、経験を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある同僚又は同種労働者を基準とすべきであると解するのが相当であるから、Aが肺炎に罹患していたことを前提として業務の過重性を判断すべきであるとする原告の主張は、これを採用することができない。〔中略〕
 夜勤は昼勤と比べて調理の作業がないことなどから業務量が特に多いとはいえないこと、本件食堂の従業員も全員が夜勤をつらいと感じていたわけではないこと、つらいと感じていた者も業務内容自体がつらいというよりは、1人きりの仕事であることや夜眠れないことがつらいと感じていたものであることが認められるのであって、これらの事実からすると、夜勤の業務内容自体が過重であったと認めることはできない。〔中略〕
 Aは、発症前1週間、1か月間、6か月間のいずれの時期を見ても概ね1か月に7日ないし10日間の所定の休暇を取っていることが認められ、時間外労働もさほど多いとは認められない。また、Aの発症直前の夜勤の業務量も、通常に比べて特に多かったという事情は認められない。よって、Aの発症前の業務量が通常に比して特に過重であったと認めることはできない。〔中略〕
 Aは本件発症時に肺炎に罹患しており、医者から休養を取るように指示されていたのであるから、そのような健康状態にあるAが安静にせずに夜勤勤務に従事したことは、夜勤勤務がAの死亡を惹起する一原因となったと考える余地がないわけではない。
 しかしながら、Aの肺炎がその業務により生じたものと認めることはできないし、また、前示のとおりAの従事していた夜勤勤務が特に過重な業務であったとは認められないことからすると、夜勤勤務がAの肺炎を自然的経過を超えて増悪させたとまで認めることはできない。
 かえって、鑑定の結果によれば、肝硬変、糖尿病及び高血圧症等の疾患は、肺炎を死因となるまで遷延させる要因となり得ることが認められるのであるから、Aに存した右のような疾患が同人の肺炎を増悪させ、成人型呼吸促迫症候群による呼吸不全又は不整脈が発症して死亡するに至ったものと見るのが合理的であると考えられる。
 そうすると、業務の遂行による過重負荷がAの死亡という結果に対し相対的に有力な原因となったと認めることはできない。〔中略〕
 以上のとおり、業務の遂行による過重負荷がAの死亡という結果に対し相対的に有力な原因となったものと認めることはできず、また、治療機会の喪失によりAが死亡したと認めることもできないから、Aの死亡が業務に起因するものであるということはできない。
 したがって、Aの死亡について業務起因性は認められないとした本件処分に何ら違法はない。