ID番号 | : | 07670 |
事件名 | : | 慰謝料請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 松阪鉄工所事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 作業用工具の製造販売等を目的とする株式会社Yに昭和三五年に採用され工員として業務に従事していた女性従業員X(昭和四〇年に日本共産党に入党)が、入社三年目、導入された職能資格制度に基づき一等級に格付けされた後、昭和五三年に二等級、昭和六一年に三等級、その後一〇年以上にわたり昇格しなかったが、平成八年に下位等級長期滞留者救済規定の発足により、同規定の基準に合致したことから四等級に昇格したが、同期入社の者は現在全て六等級以上に位置づけられ、その中の一名とXとでは賃金に年額九六万円、賞与に一七万円の開きがあったところ、YがXを昇格させなかったことは、女性差別もしくは日本共産党に所属し職場大会等でYを批判する発言等を積極的に行ってきたことに対する差別に該当すると主張して、同期入社従業員との差額賃金請求(もしくは不当利得返還請求)及び不法行為に基づく損害賠償請求をしたケースで、人事査定に関し使用者側に広い裁量が存することを前提としても、本件の取扱いは合理的な理由がなく、日本共産党員で積極的意見を述べるなどYにとって嫌忌すべき存在であったことを理由とした差別的取扱いであるとして、不法行為に基づく損害賠償請求については請求が一部認容されたが、Xに対する査定が存在しない本件においては労働契約に基づく差額賃金等の請求権は認められないとされた事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法3条 民法90条 民法709条 労働基準法3章 |
体系項目 | : | 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇(レッドパージなど) 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償 |
裁判年月日 | : | 2000年9月28日 |
裁判所名 | : | 津地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成9年 (ワ) 233 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(控訴) |
出典 | : | 労働判例800号61頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 人事考課は、諸般の事情を総合的に評価して行われ、かつ、その性質上使用者の裁量を伴うもので、他の従業員との比較という相対評価的な側面を否定しきれないことからすれば、一従業員にすぎない原告が、人事考課の全貌を把握し、それによって自らが他の従業員と比較して「不当な差別的扱い」を受けていることを立証することはおよそ不可能というべきである。そこで、差別的扱いの有無の判断に当たっては、原告の賃金査定が同期従業員に比して著しく低いこと及び原告の言動等を使用者側が嫌忌している事実が認められれば、原告に対する差別の事実が事実上推定され、原告に対する低い人事考課をしたことについて使用者の裁量を逸脱していないとする合理的理由が認められない場合には、原告の勤務成績が平均的従業員と同様であったにもかかわらず、不当な差別的扱いを受けたと認めるのが相当である。〔中略〕 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 〔労基法の基本原則-均等待遇-信条と均等待遇(レッドパージなど)〕 前記認定の事実によれば、原告が職能資格等級において4等級であるのに対し、他の同期入社の職員はいずれも6等級以上であって、その賃金等においても相当な格差があること、原告が日本共産党の党員であって労働組合の定期大会や職場集会で労働者の立場から積極的に発言をするのに対し、被告が原告の右言動を嫌忌していたことが認められる。 この点について、被告の元総務課長であったY1は、その証人尋問において、原告が日本共産党員であったことを知らなかった旨証言するが、原告の夫は日本共産党所属の松阪市の市議会議員であるし、Y1もそのこと自体は知っていたことを認めており(〈人証略〉)、これに前記認定事実を併せ考慮するならば、被告は、原告が日本共産党員である事実を認識していたものと推認するのが相当である。 また、被告は、原告は労働組合の執行部役員を務めたこともなく、原告が労働者の立場から積極的に発言してきたのは、労働組合の定期大会でのことであって、被告には関係ない場面でのことであるから、被告が原告の発言を嫌忌する理由もない旨主張する。しかしながら、組合内での言動とはいえ、被告に対する批判的な言辞であることに変わりはないし、原告のそのような言動が他の従業員に影響を与える可能性もあることからすれば、右のような原告の言動は、被告が原告を冷遇する契機に十分なり得るものと考えられるから、被告の右主張には理由がない。〔中略〕 (三) 以上の諸点を総合すれば、原告には人事査定上マイナス要因はあったのであるから、その点を勘案した上で査定がなされることは当然であるものの、人事査定に関し使用者側に広い裁量が存することを前提としても、入社して約40年が経過した現在においても原告が4等級に滞留していることについて合理的な理由は認められないものというべきであるから、被告はそもそも原告を昇格させる意思がなかったか、あっても非常に長期間同一等級に滞留させる意思であったとみざるを得ないものであって、その扱いは、原告が日本共産党員であって労働組合の定期大会などで労働者の立場から積極的に意見を述べるなど、被告にとって嫌忌すべき存在であったことを理由とした差別的扱いを含んでいたと推認するのが相当である。〔中略〕 〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕 一般に会社が従業員に対してどのような人事考課・賃金査定を行うかについては当該会社の業務運営上の必要性の観点から決せられるべき問題であり、基本的には当該会社の裁量に基づくものであるということができる。しかしながら、憲法14条は信条による差別を禁じ、同法19条は思想・良心の自由を侵すことを禁止しており、使用者と労働者という私人間の関係においても、右憲法の趣旨を受けて労働基準法3条が労働者に対して信条等を理由とした差別的扱いを禁じているところである。このように、労働者に対して思想信条を理由として差別的扱いをしてはならないということは、労働基準法により公序を形成しているというべきであるから、被告が、原告に対し差別意思の下に不当に低い賃金査定を行ったことは民法90条に違反するものとして違法性を帯び、不法行為を形成するというべきである。したがって、原告は、被告に対し、右不法行為によって生じた損害について損害賠償請求権を有する。〔中略〕 原告と同期入社の従業員はAのほかに数名いるところ、これらの従業員らはいずれも6等級以上に位置付けられていることが認められるが、それらの従業員の職務遂行能力や賃金の推移を判断する証拠はない上、原告の年齢、勤務年数からすれば、同期入社の者で既に退社した者がいる可能性も否定できないところであり、このような事情からすれば、同期入社従業員が現在いずれも6等級以上であることをもって、原告が当然に右の者らと同じ時期に同じ等級に位置付けられるべきであるということはできない。以上からすれば、本件全証拠によっても、原告が受けた処遇の中で不当な差別的扱いによって生じた賃金等の減少額を算定することはできないといわざるを得ない。したがって、原告の財産的損害を認めることはできない。ただし、後記慰謝料額の算定においては、右事情を加算的な事情の一つとして考慮することとする。〔中略〕 原告らの本訴請求のうち、差別賃金等相当分の請求にかかる部分については認められないが、被告が、原告に対し、思想信条を理由に違法な賃金査定を行っていたこと及びそれにより原告らがいずれも本来受けるべき賃金額よりも低額な賃金しか受給していなかったこと自体については少なくともこれを認めることができ、証拠(〈証拠略〉、原告本人尋問の結果)によれば、原告は右違法な査定に基づき重大な精神的苦痛を被ったことが明らかである。 そして、前記認定の査定差別の態様、右差別が長期間にわたって継続されてきたこと、本件証拠上金額は確定できないものの賃金等における格差があったことなど諸般の事情に鑑みれば、原告の請求権の一部が時効により消滅している点を考慮しても、原告の右精神的損害に対する慰謝料としては、200万円と認めるのが相当である。 |