全 情 報

ID番号 07696
事件名 退職年金請求事件
いわゆる事件名 幸福銀行(年金打切り)事件
争点
事案概要  銀行Yの元従業員であったXら二〇七名が、昭和三七年に創設された公的年金を補完する趣旨の退職年金制度(退職金規程が設けられ、改訂規程が規定されていた)に基づきYから退職年金の支給を受けていた、あるいは受ける予定であったが、Yではバブル経済崩壊後の経営状態の悪化を理由に平成八年に既定超過部分を廃止し、同年以降は毎年赤字を計上したため、平成一一年に金融再生委員会から金融整理管財人による業務・財産の管理を命じる処分を受けるに至ったことから、退職年金の支給契約が解約されるとともに一時金として三ヶ月分相当分が支払われるのみで以後の退職年金の支給が打ち切られたので、当該打切り措置は違法であるとして、支給開始月以降死亡までの毎月の年金額の支払を請求したケースで、退職年金契約締結は認められず、また退職年金請求権の発生根拠が労働契約にあるとした場合でも、退職金規程に規定されている改訂権は、退職者が支給要件を満たしたことによって取得した退職年金受給権を個別に解約する権利を留保したものではなく、またバブル経済崩壊といわれる経済変動が「事情の変更」に該当するとはいえず事情変更の法理も適用できない等とし、本件打切りは違法であり無効であるとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法3章
労働基準法11条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職年金
裁判年月日 2000年12月20日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 11518 
平成12年 (ワ) 10232 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴(後和解))
出典 タイムズ1081号189頁/労働判例801号21頁
審級関係
評釈論文 河合塁・労働法律旬報1524号40~49頁2002年3月25日/高木紘一・労働判例806号5~11頁2001年9月1日/山田哲・賃金と社会保障1305号50~61頁2001年9月10日/小嶌典明・平成13年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1224〕242~244頁2002年6月/森戸英幸・ジュリスト1212号128~131頁2001年11月15日/清正寛・法学志林〔法政大学〕100巻1号117~126頁2003年1月
判決理由 〔賃金-退職金-退職年金〕
 右認定事実によれば、被告の退職年金は、就業規則としての性質を有する退職金規程において、退職金の一種類であると位置づけられ、勤続満20年以上の退職者であること、満60歳に達すること、申出をすることを要件として、その申出の翌月から別紙支給額一覧表の算定基準によって算定した規程額を支給するというものであって、支給要件は一義的に明定されており、これらの支給要件を満たす者には原則として右退職金規程による規程額が一律に支給されるものであるから、右退職金規程を内容とする労働契約によって被告にその支払が義務づけられた退職金の一部というべきである。〔中略〕
 被告の退職年金は、それまでの退職金の一部を年金支給形式にしたというものではなく、退職者の老後の生活保障を主たる目的として、無拠出で新たに創設、導入されたものであり、そのことは社内誌を通じるなどして当時の社員にも周知されていたこと、満20年という長期勤続要件を満たして始めて支給されるものであること、その支給額は別紙支給額一覧表のとおり勤続年数と在職中の職位のみによって算定するものとされており、少なくとも直接には在職中の賃金を基準としていないこと(もっとも、被告では退職一時金も勤続年数と職位が主たる算定要素とされている。)、終身支給とされ、さらに、配偶者に対してまで規程額の半額が終身支給されることとなっていること、経済状勢、社会保障制度といった外部的事情の変動による改訂を予定していること(右改訂条項は、退職金規程全体にかかる付則の章に置かれてはいるが、退職年金制度の創設とあわせて退職金規程に持込まれたものであるとの経緯からして、主として同制度の改訂を念頭においているものと考えられる。)、退職後の行為をも支給打切事由としていること(退職金規程27条3号)、被告の給与水準は同業他行の上位にあることや本件退職年金を除いたとしても被告の退職に伴う一時金等の給付は同業他行に比べて遜色のないものであることが認められ、これらに加え、制度創設以来すでに長期間が経過して定着してきており、労働者のこれに対する期待も大きいと考えられることなどの諸事情に鑑みると、被告の退職年金は賃金の後払的性格は希薄というほかなく、当初は生活保障のための恩恵的なものとして導入されたものではあるが、現在では功労報償的な性格が強いものになっているというべきである。
 原告らは、退職一時金も無拠出制であること等を根拠に被告の退職年金が退職一時金と異ならない賃金の後払であると主張するが、制度創設の経緯に照らし、同じく無拠出制であるとはいっても、社会通念上賃金の後払的要素が強いとされている退職一時金と全く同質視することはできず、したがって、原告らの主張はその限りでは採用できない。とはいえ、本件退職年金が前記のとおり退職金規程に支給基準の明定された退職金の一部であることは否定できないし、満20年以上の勤続者でなければその支給を受けられないものであり、さらに受給資格者内でも勤続年数が長期になるほど支給額も増大するとされていることからすると、その間の労働に対する対償、すなわち労働基準法11条にいう賃金としての性格が全く否定されるものではない。〔中略〕
 退職年金請求権の発生根拠が被告の退職金規程を内容とする労働契約にあるとした場合でも、退職金規程には被告の改訂権が規定されているから、退職者が取得した退職年金請求権には被告の改訂権が留保されていると解することも一応は考えられないではないが、退職金規程に規定されている改訂権は、あくまで退職金規程の改訂権であり、その適用を受ける在職者に対する関係で退職年金制度を改訂する権限であって、退職金規程の適用を受けなくなった退職者が支給要件を満たしたことによって取得した退職年金受給権を個別に解約する権利を留保したものでないことは明らかである。したがって、この点でも、被告が原告らの退職年金受給権を喪失させる解約権を有していたとは認められない。
 したがって、本件支給打切は個別に締結された退職年金支給契約で留保した解約権を行使したものであるという被告の右主張は採用できない。〔中略〕
 前記のとおり、原告らの退職年金請求権は、すでに支給要件を満たしたことによって具体的かつ確定的に発生した金銭債権であり、その法的性格も功労報償的な性格が強いとはいえ、なお、労働基準法にいう賃金としての性格を否定されないものであって、被告の裁量によって支給の有無や支給額を左右することができるものではないのであるから、これに事情変更の原則を適用できる場合があるとしても、少なくとも通常の金銭債権に対すると同等の要件による保護が与えられなければならない。