全 情 報

ID番号 07711
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 三洋電機サービス事件
争点
事案概要  三洋電機株式会社の関連会社Y1の部品管理課の企画係長であったAは、課長昇進の内示がなされてから断続的に会社を欠勤するようになり、Aの直属上司Y2に対して、父親の病状が芳しくないこと及び自分にとって課長職が負担であることを告げ退職の意思を示したり、さらには自殺未遂を起こしたことがあったため、Y2及びAの妻X1と同僚Bとの間で、Aに対する対応等について話し合いがもたれていたところ、Aに勤務を継続させる方向で対応が進められ、Y2はAを熱心に説得するなどしたが、その後Aは病院で自律神経失調症と診断されて治療を受け、一ヶ月の休養を必要とする旨記載された診断書をY2に提出したが、Y2は「そのような診断書を提出して休むと気違いと思われる」旨を伝えたため、Aは勤務を継続していたところ(Y2はY1に対し、Aの自殺及びAが診断書提出等の事実を報告していない)、その約五ヶ月後、Aは自殺したため、X1及びAの子X2がYらに対し、注意義務違反等を理由とする損害賠償請求の支払を請求したケースで、Aは自殺を惹起するような精神的疾患に罹患していたことは認められるとしたうえで、YらにはAの自殺の危険性があったことにつき予見可能であったとし、Aに対する業務上の指揮監督権限を有していたY2には、従業員の業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業員の心身の健康を損なうことがないように注意する義務に違反した過失があるところ、Yらの行為とAの自殺との間には因果関係が認められるものの、Aの自殺は本人の素因に基づく任意の選択であったという要素も否定できないことなどから、Aの自殺に対する寄与度は、A本人固有のものが七割、Yらの行為によるものが三割であるとし、さらに損害額の算定にあたっては、AやXらは主治医に自殺未遂等につき報告せず定期的通院をしなかったことなどにつき、過失相殺類似のものとして信義則上相殺すべきであるとして、その割合を五割とし、合計一三一〇万円につき請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2001年2月2日
裁判所名 浦和地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 1194 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1774号154頁/労働判例800号5頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3491号72~73頁2001年5月18日/西森みゆき・平成14年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1125〕290~291頁/石井保雄・労働法律旬報1523号42~45頁2002年3月10日/保原喜志夫・月刊ろうさい55巻1号5~10頁2004年1月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aは、同人に対する課長昇進の内示がされた平成7年2月8日以降、別紙事実経過一覧表Aの勤務状況欄記載のとおり断続的に被告会社を欠勤し、平成8年5月7日、被告Y2に対し、D医師作成の診断書を提示しており、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、被告Y2は、上記のAの断続的な欠勤について知っていたこと、Bは、被告Y2に対し、同欠勤の理由について、Cの看病のためである旨伝えていたこと、Aは、被告Y2に対し、平成7年6月8日、Cの病状が芳しくないこと及び自分にとって課長職が負担であることを告げ、退職の意思を示したこと、被告Y2は、Aの同相談に対し、同日、プレッシャーをかけない旨約束した程度ですませたこと、原告Xは、Bに対し、平成8年4月18日、Aが自殺未遂を起こしたことを告げたこと、Bは、その後、被告Y2に対し、Aの自殺未遂の事実を告げたことが認められる。
 以上の事実からすると、被告らは、Aに自殺の危険性があったことについて予見可能であったと認められる。 これに対し、被告らは、Aは、勤務状態も社内健康診断における健康状態も安定していたし、Aの自殺未遂について被告Y2が知ったのは平成8年6月になってからであり、Aがうつ病であるとの診断を受けたことについては被告らは知らされてはいなかった上、本件診断書は、A自身が速やかに撤回したから、Aの自殺を予見することは不可能であった旨反論する。しかしながら、使用者は、日ごろから従業員の業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業員の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うのであって、相当の注意を尽くせば、Aの状態が精神的疾患に罹患したものであったことが把握できたのであり、精神的疾患に罹患した者が自殺することはままあることであるから、Aの自殺について予見可能性はあったというべきである。〔中略〕
 被告Y2には、Aに対する悪意はなく、むしろAへの期待があったこと及び原告らの希望がAの勤務継続にあったことが窺われるが、被告Y2のAに対する対応は相当であったとはいえず、結局Aを追い詰めたものと認められる。使用者に代わって従業員に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、前述のような使用者の注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負うというべきであり、Aに対し、業務上の指揮監督権限を有していた被告Y2には、同義務に違反した過失があるというべきである。〔中略〕
 以上の事実によれば、Aの自殺は、Cの病状の悪化、それにより原告らに負担をかけていることへの後ろめたさ、Cの死亡、Aの生真面目かつ完全主義的で、自分の悩みを他人に話すことを苦手とする性格、特に部下との関係を中心として、課長の職責を的確に果たせないことへの不満、上司である被告Y2や妻である原告Xに自分の悩みを理解してもらえず、仕事に追い詰められていったことへの不満、精神的な支えとなっていたBの大阪への転勤等のすべてが原因となっているものと見るべきである。したがって、被告らの行為とAの自殺との間には因果関係は認められるものの、Aの昇進後の職務に対する労働が過剰な負担を課すものとはいえないこと、Aの置かれた状況において、誰もが自殺を選択するものとは言えず、本人の素因に基づく任意の選択であったという要素を否定できないことに鑑みると、Aの自殺という結果に対する寄与度については、A本人の固有のものが7割であって、被告らの行為によるものは3割であると見るのが相当である。〔中略〕
 本件のような事案において、以上の事実を直ちに過失といえるかは問題があるが、以上の事実は原告らの領域で生じたことであり、自殺者本人を支える家庭の重要性を考慮すると、過失相殺類似のものとして、信義則上相殺すべきであり、その割合は5割と認めるのが相当である。〔中略〕