ID番号 | : | 07722 |
事件名 | : | 公務外災害認定処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 地公災基金岩手県支部長(平田小学校教諭)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 教育学部卒業後、県職員として採用され小学校教諭として勤務していたA(教員暦約七年)が、新しい小学校への転任後の執務環境の変化に伴い、質的・量的に公務内容が増加し、連続して学校行事がある中でも授業研究会の準備に追われていたことから、転任後六ヶ月経過した頃から不眠、食欲減退などを訴えるなどし、また道徳教育の手法と自己の道徳教育に対する教育理念との乖離に悩みながらも、同小学校の一員として早くなじんでいこうとの思い等から精神的葛藤を抱え、特に年末年始や冬休みの間は道徳の公開授業に向けた準備に集中し固着する態度が見られていたところ、転任して約一年四ヵ月経過した頃に自殺したため、Aの妻Xが地方公務員災害補償基金岩手県支部長Yに対し地方公務員災害補償法に基づく公務上災害認定を請求したが、公務外災害の認定処分を受けたことから、Aの自殺は公務が過重となり、その精神的緊張及び重圧によってうつ病に罹患し、自殺念慮発作から引き起こされたものであると主張して、右認定処分の取消しを請求したケースで、Aは転任後約六ヶ月目から七ヶ月後目くらいにうつ病に罹患し、その後症状が増悪傾向にあったところ、Aの公務は客観的に見て、Aの疾病の発現、増悪の原因となるに足りる強度の心理的負荷を与えたものと認めるのが相当であり、Aは過重な公務によりうつ病に罹患し、その自殺念慮発作によって自殺したというべきであるから、Aの死亡に業務起因性が認められるとして、請求が認容された事例。 |
参照法条 | : | 地方公務員災害補償法31条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺 |
裁判年月日 | : | 2001年2月23日 |
裁判所名 | : | 盛岡地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成4年 (行ウ) 2 |
裁判結果 | : | 認容(控訴) |
出典 | : | 労働判例810号56頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 山口浩一郎・月刊ろうさい52巻5号4~9頁2001年5月/石橋乙秀・季刊労働者の権利239号71~75頁2001年4月/渡邊絹子・ジュリスト1223号102~105頁2002年6月1日 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 地方公務員災害補償法にいう「公務上死亡した」というためには、死亡と公務との間に相当因果関係のあることが必要であるところ、死亡が精神障害に起因する場合には、客観的に見て、公務により、当該精神障害を発病させるおそれのある強度の心理的負荷が与えられ、かつ、公務以外による心理的負荷や当該職員の既往歴、性格傾向などの個体側要因により、当該精神障害が発病したとはいえない場合に、死亡と公務との間の相当因果関係が認められることになると解すべきである。〔中略〕 公開授業における指導案は、授業の出来不出来を左右する極めて重要なものであり、担当教諭は、その作成を始め、検討、修正にかなりの労力を注がざるを得ず、相当な負担となっていること、教諭という職業については、ストレスが多いことを調査研究した複数の論文も存在すること、以上の事実が認められ、同各事実に、前記1認定のとおり、亡Aは、川口分校からB小学校への転任による執務環境の変化に伴い、その公務の内容において、前任校よりも質的・量的に負担の増加していることが窺えること、亡Aは、2学期に入り、運動会や学芸会等の学校行事が連続していた昭和57年11月には、年1回の担当と決められていた全校の授業研究会を2回、2週続けて担当したことにより、一時的に負荷が高まったものと考えられること、殊に、2学期に入ってからは、家に持ち帰った仕事を連日午後9時ころから同11時ないし翌日の午前1時ころまで行っており、同各授業研究会の準備に追われていたことが窺えること、亡Aには、川口分校当時の児童を中心とした教育活動から、管理教育の側面が強いと感じていたB小学校の教育活動との間に違和感を持ち、殊に、同年11月の道徳の授業研究会及び翌年2月に予定されていた道徳の公開授業では、児童を3グループに分け、各グループから1名の児童を抽出し、同児童を中心に授業を進めるB方式に相当大きな心理的葛藤のあったことが窺えるのであって、自己の教育理念に合致しないという意味において、意に添わない公務に従事させられた面のあることは否定できないところであること、亡Aは、同小学校において、着任1年目でありながら、通常担当すべき公務に加えて年間3回の授業研究会(うち1回は公開授業)をも担当することになっていたという公務の全体を併せ考慮すれば、亡Aの同公務は、客観的に見て、同人の疾病の発現、増悪の原因となるに足りる強度の心理的負荷を与えたものと認めるのが相当である。〔中略〕 亡Aには、精神的な既往歴や社会生活の適応に影響するような顕著な性格傾向等、その個体側に精神障害を発病させる何らかの要因があったことを窺わせるものはないから、公務以外に心理的負荷となり得る事情があり、これによって亡Aにうつ病が発症したということができないことは明らかである。 イ 被告は、亡Aの自殺が組合活動や家族関係に起因している旨主張し、原告の供述によれば、亡AがB小学校に転任する以前、組合活動に従事していたことは認められるが、実姉のCや原告の各供述に照らしたとき、被告主張の諸事情をもって、亡Aを自殺に至らせるほどの心理的負荷であったとまで認めることはできないから、前記(1)に説示した公務による心理的負荷を超えて、うつ病の有力な原因となり得るだけの強度の心理的負荷が生じたものとは到底いえない。〔中略〕 被告は、亡Aの自殺は、心神喪失の状態にあったとはいえないとして、労災保険法12条の2の2第1項の「故意」にあたる旨主張し、その理由として、亡Aの残した遺書の内容、筆跡からすれば、同人の自殺直前の精神状態は安定しており、心神喪失の状態にあったとはいえないとする。 しかしながら、労働省の依頼に基づく精神障害等の労災認定に係る専門検討会の検討結果(〈証拠略〉)をも考慮すれば、精神障害により、正常な認識や行為選択能力が著しく阻害され、あるいは、自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺したと認められる場合には、その状態が心神喪失に陥っているか否かにかかわらず、「故意」には該当しないものと解するのが相当であり、また、当該精神障害が一般的に強い自殺念慮を伴うものであることが知られている場合に、その精神障害に罹患している患者が自殺を図ったときには、当該精神障害により、正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたものと推認するのが相当であるから、この場合にも上記「故意」には該当しないものと解するのが相当である。 ところで、証拠(〈証拠略〉)によれば、うつ病患者の自殺率は、一般人口の自殺率と比較して36.1倍になるとの報告がされており、うつ病患者の自殺念慮、企図は同疾病の症状であることが認められるところ、前記2(4)に説示したとおり、亡Aは、昭和57年10月ころから翌11月ころにかけてうつ病に罹患し、昭和58年1月には同症状が増悪傾向にあったほか、前記1認定のとおり、発見された遺書が短文の連続であったことに鑑みれば、亡Aは、本件被災当時、うつ病により、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは、自殺を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されていたものと推認するのが相当であり、これを左右するに足りる証拠はない。 そうすると、亡Aの自殺は、上記「故意」に該当しないものと解するのが相当であるから、被告の主張は理由がない。 4 以上のとおり、亡Aは、過重な公務により、うつ病に罹患し、その自殺念慮発作によって自殺したものというべきであるから、業務起因性を認めるのが相当である。したがって、その認定を誤った被告の本件処分は、違法であるから、取消しを免れない。 |