全 情 報

ID番号 07728
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 テーダブルジェー事件
争点
事案概要  経営学修士過程を終了後、証券会社及びアメリカのベンチャー企業で勤務し、帰国後に求職活動していたXが、消費者金融を業とするA社のベンチャーキャピタル(出資するのに適当な有望企業を発見・調査する)の募集に応募したところ、当初はA社に入社する予定であったが、A社がその都合により一〇〇%出資してベンチャーキャピタルを主な業務とする子会社Yを新しく設立したため、結局、XはYから採用通知を受け、Yに入社することになったが、入社から一ヶ月もたたない頃に、Yに来訪したA社会長に対し、起立したものの声を出してあいさつしなかったことから、A社会長はXの解雇をほのめかす発言をし、他方、XはY会社の社長らの薦めにより詫び状を作成するなどしていたところ、まもなく、就業規則の規定(入社後まもなく従業意見聴取を経て作成され、A社のものと同様に、試用期間は三カ月とし、試用期間中に不適当と認められた場合は社員として採用しない旨の規定が設けられていた)に基づき、Xは管理職として不適格であるとの理由により、採用取消がなされたため、XがYに対し、本件採用取消の無効を主張し、従業員たる地位の確認、賃金の支払及び慰謝料等の支払を請求したケースで、A社の就業規則にはYの就業規則と同じ内容の試用期間の定めがあるところ、Xが当初の予定どおりにA社に入社していれば、A社とXとの労働契約は試用期間付の契約になっていたはずであり、XはYとの労働契約にYの就業規則をさかのぼって適用することを承諾したものというべきであるから、本件労働契約は試用期間付契約であるとしたうえで、XがA社の会長に対してまともなあいさつをしなかったことを真の理由としてなされた本件採用取消は社会通念上相当として是認することはできず解雇権の濫用であるとして、従業員たる地位の確認及び賃金請求は認容されたが、損害賠償請求等については請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条本文
労働基準法106条
労働基準法2章
民法709条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の届出
就業規則(民事) / 就業規則の周知
労働契約(民事) / 試用期間 / 本採用拒否・解雇
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2001年2月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 14015 
裁判結果 一部却下、一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例809号74頁/労経速報1767号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-試用期間-本採用拒否・解雇〕
 本件就業規則の制定の経緯(前記(1))及び本件就業規則の内容(前記第2の2(5))によれば、A社の就業規則には本件就業規則と同じ内容の試用期間に関する定めがあるものと考えられるところ、原告の被告への入社の経緯(前記第2の2(2))によれば、当初の予定ではA社に入社するものとされていた原告は、面接後にA社の都合によりA社の別会社として新たに設立された被告に入社することとされたのであるが、仮に原告が当初の予定どおりにA社に入社していたとすれば、原告とA社との間の労働契約は試用期間付の契約ということになったはずであり、このことに前記(1)の事実を併せ考えると、原告は、本件労働契約に本件就業規則をさかのぼって適用することを承諾したものというべきである。そうすると、本件労働契約は試用期間付契約であるということになる。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の届出〕
〔就業規則-就業規則の周知〕
 本件就業規則の制定の経緯(前記(1))によれば、本件就業規則が作成されたこと、その作成に当たって被告の社員から意見を聴取したことが認められるから、本件就業規則が作成及び意見聴取を欠いているという原告の主張は採用できない。また、本件全証拠に照らしても、本件就業規則については所轄労働基準監督署への届出がいつされたのか、届出の後に被告の社員への周知がどのようにされたのか明らかではないが、そのことは、本件就業規則を無効とする理由とはならないことは明らかである。〔中略〕
〔労働契約-試用期間-本採用拒否・解雇〕
 被告の社員はわずか11人である(前記第2の2(2))から、原告が入社してから1か月足らずであったとはいえ、平成12年4月下旬ないし同年5月上旬の時点において、Bにしろ、C次長にしろ、原告の仕事ぶりを全く知らなかったとは考え難いところ、Bが2回にわたりY会長に対し原告の解雇を思いとどまるよう求めたり、C次長が原告に対しわび状を作成してこれをY会長に提出するよう促していること(前記第3の2(1)エ)からすれば、平成12年4月下旬ないし同年5月上旬の時点において被告の主張に係る前記(ア)ないし(カ)の各事実は全く存在しなかったか、仮に存在していたとしても、被告においては本件労働契約の打切りを考える理由になり得るほどに容易に看過することができない事実とは受け止められていなかったものと考えられるのであって、このことに、本件採用取消しに至るまでの経過(前記第3の2(1)エ)及び証拠(〈証拠・人証略〉)を加えて総合考慮すれば、本件採用取消しは、Y会長が被告の事務所を訪れたときに原告が声を出してあいさつしなかったことを理由にされたものと認められる。証拠(〈証拠・人証略〉)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
 エ 被告がウで認定した理由により原告に対し本件採用取消しに及んだことが社会通念上相当として是認することはできないから、本件採用取消しは、解雇権の濫用として無効である。
 そうすると、本件労働契約は、本件採用取消し後もなお有効に存続しているものというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 (1) 本件採用取消しは、解雇権の濫用として無効であるから、違法であるということができ、また、本件採用取消しの理由は、Y会長が被告を訪れたときに原告がまともなあいさつをしなかったことであること(前記第3の2(2)ウ)からすれば、少なくとも被告には本件採用取消しが適法であると判断したことについて過失があったものというべきであるから、原告の慰謝料及び弁護士費用の請求が、債務不履行による損害賠償請求権に基づくものであれ、不法行為による損害賠償請求権に基づくものであれ、被告は、原告に対し、本件採用取消しと相当因果関係のある損害についてはこれを賠償する責任を負う。
 (2) 財産権に対する侵害行為については、その侵害行為によって権利者が被った財産上の損害がてん補されれば、このことによって権利者の精神上の苦痛も同時に治ゆされるものと解するのが相当であって、権利者は、他に特段の事情がない限り、財産上の損害の賠償の外に、慰謝料の請求をなし得ないものというべきである。
 ところで、使用者のした解雇の意思表示が権利の濫用として無効である場合には、労務提供の受領拒否による労務提供の履行不能は、使用者の責めに帰すべき事由に基づくものであり、労働者は、民法536条2項により賃金債権を失わない(大審院大正4年7月31日判決・民録21輯1356頁、最高裁昭和37年7月20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁、最高裁昭和59年3月29日第一小法廷判決・裁判集民事141号461頁)から、労働者が賃金債権相当額の損害を被ったということはできない。したがって、本件では、原告の慰謝料の請求が、債務不履行による損害賠償請求権に基づくものであれ、不法行為による損害賠償請求権に基づくものであれ、被告は、原告に対し、本件採用取消しと相当因果関係のある損害として慰謝料の支払を求めることができるもののように考えられないでもない。
 しかし、被告が原告に対し平成12年6月21日以降の賃金について支払義務を負うことは、前記第3の3で認定したとおりであり、結局のところ、本件採用取消しによって原告が被ったとされる財産的損失については補てんされるわけであるから、前記説示に照らし、原告は、他に特段の事情がない限り、慰謝料の請求をなし得ないものというべきである。そして、本件全証拠に照らしても、本件において慰謝料の請求がなし得るものとする特段の事情があることを認めることはできない。
 以上によれば、原告の慰謝料の請求は理由がない。