ID番号 | : | 07738 |
事件名 | : | 労働契約上の地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | ネスレジャパンホールディング(本訴)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 外資系の大手食品メーカYの工場に勤務していた従業員Xが、本社では平成五年に工場内で起きた暴力事件に関与していたXの処分を検討中であったところ、平成一二年五月一七日、本社からその旨の連絡を受けた工場長がXを会議室に呼び出し、人事総務課長ら同席のもとで、その暴力事件が六ヶ月前に不起訴となったとはいえ処分が近々決定されること、またXは別の事件(昭和六〇年に事務室が損壊)にも関与していたことから処分は不可避かもしれず、Xに自発的に行動してほしい旨伝えたところ、Xはこれに反論していたが、工場長からXの退職時の要望は確実に叶えられるとの見通しが述べられたため、工場長宛に一身上の都合で同日付けで退職する旨を記載した退職願を提出し、工場長は同日、本件退職願を受理・承諾して、Xが同日付で退職する旨を記載した通知書を交付したところ、その翌日、Xは退職願を撤回する旨の書面をYに提出したが、Yはこれを拒否したため、Yに対し、〔1〕本件退職届はYによる要望事項の実現という停止条件付合意解約の申込みであり、また工場長は合意解約の申込みを承諾する権限はないから、Xは、Yが停止条件を成就させ、かつ合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をする前に右合意解約申し込みの撤回の意思表示をしていることになるとして、合意解約は不成立、〔2〕強迫を原因とする取消し、〔3〕予備的に合意解約の申し込みの意思表示は、錯誤により無効であると主張して、雇用契約上の地位の確認及び賃金の支払を請求するとともに、強迫による慰謝料の支払を請求したケースで、Xの主張はいずれも認められず、労働契約は、特段の事情のない限り工場長がXに対し本件通知書を交付した時点で合意解約により終了したことになるとして、請求が棄却された事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 民法96条1項 民法95条 |
体系項目 | : | 退職 / 合意解約 退職 / 退職願 / 退職願と強迫 退職 / 退職願 / 退職願と錯誤 |
裁判年月日 | : | 2001年3月16日 |
裁判所名 | : | 水戸地龍ケ崎支 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成12年 (ワ) 126 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | 労働判例817号51頁/労経速報1781号20頁 |
審級関係 | : | 控訴審/07808/東京高/平13. 9.12/平成13年(ネ)2115号 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔退職-合意解約〕 証拠(〈証拠略〉、証人Aによれば、被告の各工場長には、当該工場勤務の労働者からの退職願を受理・承認して労働契約合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をする権限があると認められる。 よって、特段の事情のない限り、原告と被告との労働契約は、原告が平成12年5月17日に被告に対し本件退職願を提出して合意解約申込みの意思表示をし、同日、播摩工場長が本件通知書を原告に交付してこれを承諾する意思表示をした時点で、合意解約により終了したことになる。〔中略〕 〔退職-退職願-退職願と強迫〕 A工場長らは、原告に対し、被告本社においてB暴力事件に関し原告の処分を検討中であり、近々決定がされる見込みであると告げた上で、原告が処分に不服であれば長い争いになるかもしれない、家族のことも考えて正式な処分が決まる前に自分自身で行動してはどうかなどと述べて、暗に自己都合退職を促したと認めるのが相当である。〔中略〕 原告は、B暴力事件は被告によりねつ造されたものであるとの趣旨の主張もしており、一般に、労働者に懲戒事由が存在しないのに、使用者が懲戒処分の不利益をもって労働者を畏怖させ、懲戒処分を避けるため退職願を提出させたとすれば、その退職の意思表示は違法な害悪告知の結果されたものとして取り消し得るというべきであるから、B暴力事件に関し被告が原告の懲戒処分を検討することが不当か否かを検討する必要がある。〔中略〕 原告の自認する限度で、原告が、B製造課長代理のズボン及び襟首をつかんだ事実を認めることができるが、それ以上に被告主張の暴行の事実があったのか、それともそのような事実がなかったのかは、証拠上いずれとも確定することができない。とはいえ、合理的疑いを容れない程度の立証が要求される刑事手続において、公訴を提起しない処分がされたとはいっても、B製造課長代理が原告を陥れるため殊更虚偽の事実を述べる理由や必要が格別見当たらず、現実に負傷という結果が発生していること(乙19添付資料の診断書)にかんがみると、少なからぬ疑いが残ることは否定できず、被告が原告の懲戒処分の可否を検討したことを一概に不当であると非難することはできない。また、原告が自認する行為自体、就業時間中に自己の所属部署を離れて管理職に対して正当な理由なく有形力を行使するというものであり、企業内秩序を乱す行為として懲戒処分の対象になり得ると解される。 (3) そうすると、事件発生から既に長期間が経過している時点での懲戒処分の検討は、労働契約関係上の信義則に照らして問題がないとはいえないが、それには前記の事情があり、かつ、被告が原告の懲戒処分を検討したことを不当であるとは非難できないところ、A工場長らは、原告に対し、被告本社において懲戒処分が検討されている旨を告げたにとどまり、懲戒解雇が決定した旨述べたわけではないから、それが自己都合退職を促す意図であったとしても、A工場長らの発言を原告に対する違法な害悪の告知であるとまで評価するのは困難である。〔中略〕 以上検討したところのB暴力事件をめぐるこれまでの経緯、A工場長らの発言内容、これに対する原告の応答状況等、諸般の事情を総合考慮すると、原告の労働契約合意解約申込みの意思表示が強迫によりされたとは認められないから、強迫取消しの主張は理由がない。〔中略〕 〔退職-退職願-退職願と錯誤〕 原告は、被告本社においてB暴力事件に関し懲戒処分が検討されているという事実を前提に、自分なりの判断で退職の意思を固めたと認められ、自己の法的地位についての誤信はないというべきである。仮に原告の内心においてそのような誤信があったとしても、意思表示の動機の錯誤に過ぎず、かかる動機が相手方に表示されたことを認めるに足りる証拠はないから、いずれにせよ錯誤無効の主張は理由がない。 |