全 情 報

ID番号 07741
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 仙台セクハラ(自動車販売会社)事件
争点
事案概要  自動車販売等を業とする株式会社Yの営業所で販売係として勤務していた女性社員Xが、同営業所内の女子トイレ内にある掃除用具置場内に男性従業員Aが侵入していたのを発見し、Aに用便中の姿を見られたかもしれないことに精神的苦痛を覚えていたが、B店長、C常務、D部長などに適正な事実調査を行ってもらえず、結局、Y側には警察や社外に口外ないように指示されただけで、事実確認してもらえないなど思うように対応してもらえなかったこともあって、B店長に反抗的な態度をとっていたところ、営業所内の雰囲気が悪化したほか、営業所の経営にも支障を来すようになったため、Y(C常務やD部長等)から退職を求められ退職したところ、Yに対し、〔1〕Yは右侵入事件について事実確認を怠ったばかりでなく、Xに対し不適切な対応を重ねたことにより、Xに勤務の継続を断念することを余儀なくさせたと主張して、雇用契約上の地位確認及び賃金支払の請求を、また〔2〕構造上欠陥のある女子トイレを放置するなどとした職場環境整備義務違反、不適切な対応及び不当な解雇による不法行為に基づき慰謝料等の支払を請求したケースで、〔1〕D部長の発言はXに対する労働契約の合意解約の申込みであり、Xは自ら退職礼状の印刷を依頼した上、勤務終了したのであるから、右勤務終了をもってYの労働契約の合意解約の申入れに対するXの承諾がなされた任意退職であるとして、雇用契約上の地位確認及び賃金請求が棄却されたが、〔2〕慰謝料請求については、女子トイレ内の構造に欠陥がありその設置保存に瑕疵が存在したことは否定できないが、侵入事件の発覚により初めて構造上の問題点が明らかになった本件においては、Yに職場環境整備違反は認められないものの、Yは職場環境を侵害する事案に適正に対処する義務を怠ったといわざるを得ないとして、Yの不適切な対応(職場環境配慮義務違反)による慰謝料として三二〇万円(弁護士費用三〇万円)が認容された事例(不当解雇に基づく慰謝料請求も棄却)。
参照法条 民法709条
男女雇用機会均等法21条
労働基準法2章
民法415条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
退職 / 任意退職
裁判年月日 2001年3月26日
裁判所名 仙台地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 528 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例808号13頁
審級関係
評釈論文 山田省三・労働判例815号5~13頁2002年2月1日/石田眞・労働法律旬報1530号50~58頁2002年6月25日
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント〕
 事業主は、従業員に対し、雇用契約上の附随義務として、良好な職場環境の下で労務に従事できるよう施設を整備すべき義務を負っていると解すべきである。
 争いのない事実等及び前記一で認定した事実からすれば、本件女子トイレの構造は、男女別に設置されたトイレではあるが、本件女子トイレ内に掃除道具置場があり、女性のみならず、場合によっては男性も本件女子トイレの中に入っていく機会を作り出していたことが認められる上、本件女子トイレ内の掃除道具置場と個室トイレとの間には、板1枚の仕切しか設けられておらず、しかも、床面から最大6.5センチメートルの空間があり、また床からの高さ82センチメートルに位置する水道管の穴の周りにも隙間があって、掃除道具置場から個室トイレ内を見通すことができる構造になっていた(どの程度見えるかは別として)のであるから、本件女子トイレの構造に欠陥があり、その設置保存に瑕疵が存在したことは否定できないものである。
 しかしながら、他方で、右のような構造を持つトイレに対し、女子従業員や女性客を含め、本件女子トイレの構造に気づき、注意を喚起した者がいなかったというのであり、してみれば、被告が本件女子トイレの設置保存に瑕疵が存在したことについて認識できる機会はなかったというべきであり、したがって右瑕疵の存在を予見することもできなかったというべきである。その意味で、本件では、まさに本件侵入事件が発覚して初めて被告の本件女子トイレの構造上の問題点が明らかになったというべきであり、これをもって、被告に職場環境整備義務違反があったということはできない。〔中略〕
 事業主は、雇用契約上、従業員に対し、労務の提供に関して良好な職場環境の維持確保に配慮すべき義務を負い、職場においてセクシャルハラスメントなど従業員の職場環境を侵害する事件が発生した場合、誠実かつ適切な事後措置をとり、その事案にかかる事実関係を迅速かつ正確に調査すること及び事案に誠実かつ適正に対処する義務を負っているというべきである。本件侵入事件は、事件当日に原告がのぞき見目的で潜んでいたAを発見したもので、のぞき見されたわけではないから直接的なセクシャルハラスメントの被害が顕在化した事案とまではいえないとしても、原告がのぞき見目的で潜んでいたAを発見しなければ、その後原告をはじめとする女子従業員のプライバシーが侵害されることになったばかりでなく、同人が過去に同種の行為を反復継続していた可能性もあったのであるから、職場環境を侵害する事案として、被告には誠実かつ適正に対処する義務があったというべきである。
 2 被告E店長であり従業員の監督責任者であるB店長は、本件侵入事件が発覚した後、事件当日のうちにF営業係長から本件侵入事件の報告を受け、さらに午後6時のミーティング時に、原告からAに事情を聞いて欲しい旨の申告を受けていたのであり、しかも、原告は、B店長に対し、Aが人に頼まれて写真を撮ろうとして掃除道具置場内に侵入していたこと、雑誌社に送るといい金になると電話で話していたことを指摘しており、このことが真実であれば、単なる一時的な出来心の場合よりも事態は相当に深刻であり、原告を初めとする女性従業員並びに顧客が被害に遭っている可能性が高いものである。また、写真などは隠滅が容易であって、のぞき行為が発覚したAが右証拠の隠滅に及ぶことは容易に想像できたというべきである。
 このような場合、被告としては、当日のうちにAに対し、電話などで、Aが原告に対し電話で話した内容、すなわちのぞき見目的で侵入していたか、人に頼まれて写真を撮ろうとしていたか、雑誌社に送っているのかどうか等について事情を聴取し、その上で、被害回復、再発防止のための適切な対処をする義務が存在したというべきである。〔中略〕
 しかるに、B店長は、本件侵入事件当日が初売り期間中で仕事が残っていたこと、性質上直ちに事情を聞かなければならない程の緊急性のある事件ではないと判断したことなどから、Aが出勤する6日に事情を聞くことにし、原告に対しては警察に届けないように口止めして、初売りの仕事を優先して続けたのであり、被告は本件侵入事件に対する初期の適正迅速な事実調査義務を怠ったというべきである。〔中略〕
〔退職-任意退職〕
 原告は、6月5日、被告の求めに応じて退職願を提出し、退職後、B店長に対し、退職金が支払われる時期について強い調子で尋ねた上、異議なく退職金を受領していること、原告は、被告から、退職理由を「依願退職による」とする離職票の交付を受け、これを公共職業安定所に提出して雇用保険の給付の申請を行っていること、原告は自動車の洗車やオイル交換などで何度か被告E店を訪れているが、出勤して働きたいと申し出たことや未だ労働契約上の地位を有すると発言したことはなかったこと、原告は被告に対し、代理人を通じて精神的損害に対する損害賠償を打診したことはあったが、原告がなおも被告の従業員たる地位を有することを主張したのは、退職から1年近くを経過して提起された本訴においてが初めてであり、地位保全・賃金仮払いの仮処分の申立てなどの手段もとっていないことなどの諸般の事情を考慮すれば、原告は被告を任意退職したとの認識を有していたものというべきであり、これらの事実も、原告が任意退職したことを裏付けるものである(原告は、5月29日、被告を辞めなければならないことに納得がいかず、労働基準監督署に赴いて事情を話し、担当署員から勤務を続けてみればと助言を受けたものの、結局5月31日をもって勤務を終了しており、右の経緯に鑑みれば、原告が労働基準監督署に行ったことをもって被告を任意退職したことの認定が左右されるものではない。)。以上によれば、原告が被告に対し不当解雇を理由に慰謝料を求めることもできない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 原告の被告に対する請求のうち認容できるのは、本件侵入事件に対する被告の不適切な対応(職場環境配慮義務)による精神的苦痛に対する損害賠償請求であるところ、原告が被告に対し、本件侵入事件に対する適正かつ迅速な対応を求めたにもかかわらず、B店長ら被告は、事件当日にAから事情を聞くのを怠った上、その後のAの言い分を安易に事実と受け止め、それ以上の対応を怠ったものであり、これら被告の不適切な対応が重なって原告が精神的苦痛を覚え、ひいては被告を退職するに至ったものというべきであり、前記四のとおり、原告の右退職が任意退職であるとしても、被告に8年余り勤務し安定した給与を得ていた原告の無念さは察して余りあるというべきである。したがって、このような事情を斟酌すると、原告の慰謝料としては320万円が相当であり、これと相当因果関係を有する弁護士費用相当の損害額は30万円と認めるのが相当である。