全 情 報

ID番号 07743
事件名 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 風月荘事件
争点
事案概要  飲食店等経営を目的とする会社Yの経営する喫茶カラオケ店舗で店長として、店舗の営業状況の把握、店舗運営全般の各業務に関する指揮監督、自身の勤務予定を含めた各従業員の勤務予定の調整等の業務に従事していた(勤務時間は一日一〇時間、途中平均一時間の休憩等があり、勤務時間帯は営業に支障を来さないよう適宜変更可能とされており、賃金は基本給一〇万六千円、店長手当九万円、風紀手当二三万円と食事手当から構成されていた)元従業員Xが、〔1〕労基法四一条二号にいう管理監督者に該当しないにもかかわらず、時間外労働・深夜労働に対する割増賃金が支払われなかったとして、二年分の右賃金及び付加金の支払を、また〔2〕店長手当及び風紀手当が勤務態度や勤務成績等を理由に減額されたことから、右減額は不当な賃金不払いであるなどとして、未払賃金の支払を請求したケース(その他退職金規程に基づく退職金等の支払を請求している)で、〔1〕については、風紀手当は高額に設定されたものの、営業方針・重要事項の決定への参画権限、人事権、出退勤や勤務時間等に関する自由裁量等がないことなどからして、Xは勤務時間等を含めてYから管理されていたといえ、経営者と一体的立場にあったとは認められず、労基法四一条二号にいう管理監督者に該当しないとして、請求が一部に認容され(付加金請求は認められず)、〔2〕については、不完全履行の損害賠償請求権と相殺するなどして手当を減額することは全額払いの原則からして許されないなどとして請求が一部認容され、そのほかの請求については請求が一部認容・一部棄却された事例。
参照法条 労働基準法41条1項2号
労働基準法37条
労働基準法24条1項
労働基準法11条
労働基準法93条
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間・休憩・休日の適用除外 / 管理監督者
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 退職金
雑則(民事) / 附加金
裁判年月日 2001年3月26日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 5315 
裁判結果 一部却下、一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例810号41頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕
 被告が、原告の賃金のうち平成11年7月分から2000円、8月分から6000円、11月分から1万円を罰金名目で控除したこと、これらを含め、罰金名目での控除額合計が45万円に達していることは当事者間に争いがない。
 被告は、右控除は、原告の勤務状況等を考慮した結果である等と主張するが、賃金は全額払いが原則であり(労働基準法24条1項)、勤務態度不良を理由に私的制裁である罰金を課してこれを賃金から控除することは許されない。被告の主張のなかには、変動給である風紀手当の査定を罰金名目で行ったかのようにいう部分もあるが、そのような恣意的な振り分けを許すことは右全額払いの原則の潜脱ともなって相当ではない。
 被告が現に罰金としての名目で賃金から控除している以上、その部分は右全額払いの原則に反するものとして未払いというべきである。〔中略〕
〔労働時間-労働時間・休憩・休日の適用除外-管理監督者〕
 被告は、原告が労働基準法の労働時間等の規制の適用を除外される同法41条2号の管理監督者に該当するものであったと主張するところ、右管理監督者とは同法が規制する労働時間等の枠を超えて活動することが当然とされる程度に企業経営上重要な職務と責任を有し、現実の勤務形態もその規制に馴染まないような立場にある者をいうと解され、その判断に当たっては、経営方針の決定に参画し、あるいは労務管理上の指揮権限を有するなど経営者と一体的立場にあり、出退勤について厳密な規制を受けずに自己の勤務時間について自由裁量を有する地位にあるか否か等を具体的な勤務実態の(ママ)即して検討すべきである。〔中略〕
 右認定事実及び前提事実によれば、確かに原告の賃金には住宅手当がないとはいえ、本件店舗の他の従業員の賃金等に比べ、風紀手当が格段に高額に設定されており、これは勤務が不規則になったり、勤務時間が長時間に及ぶことなどへの配慮がなされた結果であると推認できないではないが、原告には、被告の営業方針や重要事項の決定に参画する権限が認められていたわけではないし、タイムカードの打刻や原告の分をも含む日間面着表の提出が義務づけられ、ある時期まで残業手当も支給されており、日常の就労状況も査定対象とされ、出退勤や勤務時間が自由裁量であったとも認められず、本件店舗の人事権も有していなかったのであって、原告は、勤務状況等も含めて被告から管理されていたというべきであり、到底、経営者と一体的立場にあったなどとは認められず、企業経営上重要な職務と責任を有し、現実の勤務形態が労働時間の規制に馴染まないような立場にあったとはいえないから、労働基準法41条2号の管理監督者の(ママ)該当するものではない。〔中略〕
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 原告の賃金は月によって定められており、しかも月毎の所定労働時間が異なるから、割増賃金算定の基礎となる通常の労働時間1時間当たりの賃金額を算定するに当たっては各月の賃金額を1年間における1月平均所定労働時間で除した金額とすべきである(労働基準法施行規則19条1項4号)。
 原告の賃金月額が、基本給10万6000円、店長手当9万円、風紀手当23万円の合計42万6000円であることは当事者間に争いがない。
 右の期間中、これが減額されて支給された月があることは認められるけれども、基本給や店長手当が固定給であることは争いがないし、風紀手当について、被告は変動給であると主張するが、これを変動給と認めうるかについては後記のとおり多分に疑問があるうえ、仮に変動給であったとしても、原告に対してなされた減額は欠勤によるもの以外理由があるものとは認められない。そうすると、原告が通常どおり勤務する限り、右の期間、毎月42万6000円が支給されるべきであったと認められる。
 また、1年間における1月平均労働時間について、原告は現実の所定労働時間ではなく、労働基準法上許容される最大限の労働時間をもって1年間の労働時間を算定しており、これは被告にとって最も有利な算定方法となるから是認できる。そうすると、1月平均労働時間は174時間となる。
 以上によって各月の1時間当たりの賃金額を算定すると2448円となる。〔中略〕
〔賃金-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕
 右店長手当の減額が、被告の主張するように勤務態度の評価を理由とするものであったとしても、それは原被告間の労働契約上予定されていたこととは認められず、減額の正当な理由となるものではない。被告の右主張の趣旨は、労務提供が不完全であったとの債務不履行を主張するものと解されないでもないが、そうであったとしても、賃金は全額払いが原則であるから、不完全履行を理由に一方的に賃金を損害賠償請求権と相殺するなどして減額することは許されない。〔中略〕
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 被告では、採用時などに従業員に退職金制度が存在すると説明していたし、現に、原告入社当時、一定の支給基準に基づく退職金が支給されていたのであるから、その当時の退職金が単なる恩恵として支給されていたにすぎないものとは考えられず、旧退職金規定が実質的には変更されていたか、あるいは少なくとも右支給基準に基づく退職金の支給が労使慣行になっていたものと認められる。原告は、旧退職金規定を認識することこそなかったが、退職金制度が存するとの説明を受けて被告に入社したのであり、少なくともその当時被告に行われていた退職金の支給を承認し、期待していたものと考えられ、その期待には合理的理由があるというべきである。
 したがって、原告には右支給基準が適用されるべきである。
 これに対し、被告は、新退職金規定によって被告の決定する額が、原告の退職金額である旨主張するが、右認定事実によれば、新退職金規定は、被告代表者が内規という形式で一方的に定めたものにすぎず、従業員に周知されることもなかったのであるから、就業規則たる性質を有するものとは認めがたいうえ、新退職金規定の支給基準は、原告に関する限りでは、原告入社時に行われていた支給基準を下回るものであって、労働条件の不利益変更である。このような就業規則ともいえない単なる内規で、使用者が労働者の労働条件を一方的かつ不利益に変更することは許されず、新退職金規定は原告に関しては無効というべきであり、適用する余地はない。〔中略〕
〔雑則-附加金〕
 原告の賃金には、その額を特定して分離することはできないものの、勤務が時間外及び深夜に及ぶことをも考慮して決定された部分が含まれていると認められること、当裁判所が認容した割増賃金額は右のような賃金月額を前提に算定しているため極めて高額なものとなっていること、原告の勤務に被告の管理が及んでいたことは否定できないが、勤務時間帯などは原告自身によって決定されており、被告の管理といっても包括的にならざるを得ず、強いものではなかったと考えられること、このようなこともあって、原告の現実の勤務中には、1日8時間労働を前提としたとしても、これに満たない勤務しかしていない日が散見されることなどの事情があり、これらの諸事情に照らすと、さらに被告に付加金の支払いまで命じるのが相当とは認められない。