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ID番号 07746
事件名 賃金支払等請求事件(1875号)、賃金支払等請求事件(445号)
いわゆる事件名 NTT西日本事件
争点
事案概要  NTTでは、激化の予想される競争環境に対等するために社員の高齢化に伴う人権費負担の増加を改善する必要があり、また現業の管理業務の減少傾向により、管理業務に従事する副参事管理のあり方の抜本的見直しが必要であったことから、社外で新たに活躍する場を与えるよう再就職斡旋や転進援助制度の導入等で努力してきたところ、再就職先を確保できない状態に陥ったため、平成九年に就業規則変更により、五五歳となる副参事管理職のうち、五六歳以降もNTTで勤務をすることを希望している者について、特別職群(役職を離れ、専任課長と位置付け)に移行させる特別職群制度を導入し、それに伴い特別職群に移行した者について五八歳役職定年制の適用除外にして、副参事管理職を社内活用することとしたが、かかる特別職群に移行を命ぜられたNTT西日本の社員Xら二名(電電公社に入社後、民営化に伴いNTTへ、さらに平成一一年の営業譲渡の結果NTT西日本へ)が、右取扱に伴い、職責手当が月額約一三万円から一律三万円に、基礎給が年間約三割ほど減額されたため、NTTに対し(営業譲渡後の分についてはNTT西日本に対し)、右就業規則の変更は無効であるとして、同制度移行がなかった場合の基礎給と職責手当の金額の確認及び既払額との差額の支払を請求したケースで、基礎給及び職責手当の金額の確認請求は、確認の利益を欠く不適法なものであるとして却下され、さらに本件就業規則の変更についても、右変更には、高度の経営上の必要性があり、またXらの被る不利益の程度も相当程度緩和され、特別職群の移行に伴い労働の負担も減少することから、労働の負担と賃金額との不均衡が生ずるともいえず、変更に合理性が認められるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条本文
労働基準法106条
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の届出
就業規則(民事) / 就業規則の周知
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / その他
裁判年月日 2001年3月30日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 1875 
平成12年 (ワ) 445 
裁判結果 一部却下、一部棄却(控訴)
出典 労働判例804号19頁/労経速報1770号3頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3495号82~83頁2001年6月15日/村中孝史・民商法雑誌125巻4・5号204~227頁2002年2月
判決理由 〔就業規則-就業規則の届出〕
 労働基準監督署に対する就業規則の届出は、就業規則の内容についての行政的監督を容易にしようとしたものに過ぎないから、届出は就業規則の効力発生要件ではなく、使用者が就業規則を作成し、従業員一般にその存在及び内容を周知させるに足る相当な方法を講じれば、就業規則として関係当事者を一般的に拘束する効力を生じると解すべきである。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の周知〕
 これらの事実によれば、被告NTTは、本件就業規則の変更による特別職群制度の導入について、説明会や勉強会を開催したり、同制度の概要を記載した書面を配布するなど、副参事を含む管理職に対して周知させるよう努力しているものといえ、本件就業規則の変更について関係当事者に対して周知させるに足りる相当な方法を講じたものといえる。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-その他〕
 新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることとなる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解すべきであり、その合理性の有無は、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、他の従業員らの対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成4年(オ)第2122号同9年2月28日第2小法廷判決・民集51巻2号705頁参照)。〔中略〕
 上記の認定事実をもとに判断すると、被告NTTは、特別職群制度が導入された平成9年当時、経常利益がA社に次いで全国第2位の水準であり、経営状態は良好であったといえるが、新規参入事業者との激しい競争の結果、遠距離通話のうち、東京、大阪、愛知の相互間に占めるシェアがこれらの事業者に逆転されるなど、通話回数シェアやダイヤル通話料収入が漸減しており、コスト高で収益力の弱い従前の企業体質のままでは、将来的に良好な経営状態を維持できる保障はなかったこと、情報通信分野でマルチメディアの情報流通サービスが進展したことから、被告NTTにおける仕事内容が急速に高度化、多様化して、電話設備の構築や維持管理といった現業管理業務が縮小したため、これらを行ってきた副参事管理職のあり方について抜本的に改革する必要があったこと、被告NTTでは、高年層の副参事管理職について、社外で新たに活躍する場を与えるよう努力してきたが、そのような再就職先が十分確保できない状況となり、これらの者の処遇について新たな選択肢を設ける必要があったことなどを指摘することができ、これらの諸点にかんがみると、被告NTTにおいては、特別職群制度を導入する必要性が高かったといえる。〔中略〕
 本件就業規則の変更により、特別職群に移行した従業員の基礎給の額は、副参事に昇格する際に昇給する分を控除した額を基準に算定され、また、職責手当の額は、自己完結的業務を行う課長代理の水準である2万4000円を基準に設定されたものであり、いずれも合理的な基準に基づいて算定ないし設定されたものであること、前記(イ)dで認定したとおり、原告らが特別職群発令後に受給する賃金の額は、被告NTTを退職して再就職した同年齢の者らと比べても遜色のない水準であることなどからすれば、変更後の就業規則の内容が不相当なものとはいい難い。〔中略〕
 本件就業規則の変更に合理性があるかどうかを検討するに、被告NTTは、採算性よりも全国均一の電話役務提供サービスを重視する公共企業体を前身としながら、情報通信技術の進展や規制緩和の時代背景により国内外の事業者との激しい競争に直面しているという特殊事情を有する企業であって、会社のため数十年来にわたって尽くしてきた高年層従業員の働き場所を確保しながら企業体質を強化しなければならないという非常に困難な経営を迫られたものであり、景気低迷の影響で高年層管理職の再就職先が確保されにくくなってきたという事情のもとでは、経営方針として、他の通信事業者と比べて格段に重い負担となっている人件費の割合を減少させ、収益力を向上させるため、55歳以上の副参事管理職について、その雇用を継続しつつも、賃金の額を一定の程度に抑制するという制度を創設する必要性は高く、本件就業規則の変更には高度の経営上の必要性があったものといわざるを得ない。〔中略〕
 また、原告らの被る不利益の程度は、前述のとおり相当程度緩和されており、特別職群移行によって労働の負担も減少するのであるから、賃金の額と労働の負担との不均衡が生ずるともいえないこと、本件就業規則の変更は、副参事のみに賃金削減の負担を負わせることを目的としたものではなく、全社的に進められた給与制度の改革の一環として行われたものであること、特別職群移行者のうち、原告ら以外は皆移行に同意し、ほぼ100%が仕事に満足していると回答していることなどは、本件就業規則変更の合理性を基礎づける事情といえる。
 加えて、我が国の企業社会の現状として、市場のグローバル化や規制緩和に伴い、外国企業を含む同業他社との競争が激化し、それに耐え得る競争力を確保するため、給与制度を含めた従業員の処遇につき、年功序列ではなく実力本位を基準とするのが趨勢となりつつあり、高齢の現業管理職の処遇状況を改革していくことについても、やむを得ないものとして一般に受け入れられる状況下にあるといえる。
 これらの諸事情を総合考慮すると、被告NTTの本件就業規則の変更は、それによって原告らが被った不利益を考慮しても、なお合理性が認められるというべきである。