ID番号 | : | 07748 |
事件名 | : | 遺族補償給付不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 大阪中央労基署長(日立エンジニアリングサービス)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | サービスセンターで二四年間にわたり制御用計算機の保守点検業務に従事し、センター長に次ぐ地位にあり、現場で作業する出張員のバックアップを主とした後方支援業務を行っていたA(当時四三歳、三五歳頃から高血圧症が指摘されており、また飲酒、喫煙、野菜類嫌いであった。また実母が高血圧症に罹患し、五〇歳代でくも膜下出血で死亡している)が、恒常的に時間外・休日労働をしていたところ、日直に引続き、午前四時半まで勤務し、午前八時まで仮眠をとった後、通常勤務についたが、帰宅途中に貧血状のめまいがしたところ、「緊張性頭痛」と診断され、翌日は年休を取得したが、その翌日に午後出勤した際、脳動脈瘤破裂による脳内出血・くも膜下出血を発症し、その後、死亡したことから、Aの妻Xが大阪中央労基署長Yに対し、Aの死亡を業務上の事由によるものとして、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給申請したところ、不支給処分とされたため、右処分の取消を請求したケースで、Aの本件疾病発症までの数年来にわたる業務の過重性によって動脈硬化を来し、脳動脈瘤を増悪(成長)させたとは認めることはできず、また本件疾病の当日の出勤と本件疾病発症との間に因果関係が認められないなどから、Aの本件疾病の発症については、基礎疾患たる脳動脈瘤を破裂させる血圧上昇等の要因がその業務において発生することを認めることができず、結局若年においても発症しうる先天的な脳動脈瘤が自然的経過の中で発症したものといわざるを得ないことから、本件疾病の発症は業務に起因するものとは認められないとして、請求が棄却された事例。 |
参照法条 | : | 民法415条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 |
裁判年月日 | : | 2001年4月11日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成11年 (行ウ) 85 |
裁判結果 | : | 請求棄却(控訴) |
出典 | : | タイムズ1063号131頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 動脈瘤の破裂には、動脈瘤の形態や、生来の脳動脈壁の脆弱性などといった要素も影響しており、被災者には後述のとおり軽度の拡張期高血圧が認められるものの、破裂に要する閾値を設定することは困難であり、本件疾病発症当時、被災者の基礎疾患が自然的経過によっても、脳動脈瘤の破裂を発症する程度に悪化していたかについては、必ずしも明確にすることはできない。 他方、基礎疾患である脳動脈瘤の成長(増悪)を業務が促進しうるか否かについては、過労、ストレスは高血圧や動脈硬化の原因となりうるところ、動脈硬化による脳動脈壁の脆弱化や、高血圧による動脈中の内圧の上昇によって動脈瘤の肥大化が促進されうることによれば、その可能性を肯定することができる。〔中略〕 被災者は、七時間四七分の所定労働時間に加えて、一日平均約四時間三〇分、多い月には一月当たり一〇〇時間を超える残業をしており、その拘束時間はセンターの中でも最も長いものであった。しかしながら、右の顧客からの障害発生連絡に対する対応の件数はとりわけ多いとはいえないし、電話応対部分もあるが、担当者を派遣して処理するものも多いし、基本的に机上業務であって業務自体は非定型で、一概にいえないものの、被災者が保守点検業務歴二四年であり、出張員の指導歴も一〇年に及んでおり、さらにセンターでの勤務歴も長く、業務には精通していたこと、また、障害が発生しても、ほとんどの案件は、センターにあるマニュアルで対処可能であったし、大きな事業所では制御用計算機は複数設置されているのが通常であるため、一台が故障したことで全ての業務が中断されるという事態が発生することはなく、本件疾病発症当時まで、計算機の故障によって損害賠償を請求されるようなケースもなかったことを勘案すれば、障害復旧業務そのものは困難であるとはいえず、残業時間が長い点は担当者の帰社をまっていたという事情が主であって、保守基準書【3】の作成も毎日行っていたわけでもない。そうであれば、被災者の業務は責任は重いといえても、労働密度そのものは決して重いということはできない。また、被災者は、月に七、八日程度の休日を取得することはできていた。以上によれば、被災者の業務内容そのものは精神的負荷が過剰にかかるものであるとまでは認められない。 もっとも、被災者の労働時間自体は相当長時間に及んでおり、室内での机上業務であるとはいっても、これが身体的あるいは精神的なストレスの原因となりうる可能性は否定できないが、ストレスによる動脈硬化の進行は、ストレスによって通常とは異なる生体反応が起こることに起因するものであるところ、被災者の血圧は平成二年以降本件疾病発症前までほぼ安定していたのであるし、その他に本件疾病発症前に何らかのストレス反応を示していたことを認めるに足る証拠は見当たらない〔中略〕 これらの事情を総合考慮すると、被災者が長期間過労状態にあったとは認められない。〔中略〕 以上によれば、被災者の本件疾病発生までの数年来にわたる業務の過重性によって、動脈硬化を来たし、脳動脈瘤を憎悪(成長)させたとは認めることはできない。〔中略〕 以上によれば、被災者の本件疾病の発症については、基礎疾患たる脳動脈瘤を破裂させる血圧上昇等の要因がその業務において発生することを認めることができず、結局若年においても発症しうる先天的な脳動脈瘤が自然的経過の中で発症したものといわざるを得ない。 原告は、脳動脈瘤を有する者でもくも膜下出血を発症する割合が低いことをもって、本件疾病発症が業務に起因することの理由の一つとするが、それは確率が低いというだけであって、業務に発症を誘発するだけの要因を肯定できなければ、業務起因性を認めることはできない。 |