全 情 報

ID番号 07852
事件名 労働者災害補償不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 千葉労働基準監督署長事件
争点
事案概要  警備会社で交通誘導警備の夜勤業務に従事していたAが、自宅において急性心不全により死亡したことにつき、Aの妻であるXが、死亡を業務に起因するものであるとしてY(千葉労働基準監督署長)に対して労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付等の請求をしたところ、Yが、Aの死亡は業務に起因するものでないとして不支給の処分をしたため、Xがその取消しを求めたケースで、急性心不全の発症前の一か月以前における長期にわたる夜勤の継続状況を加味しても、交通誘導警備の夜勤業務が基礎疾患である高血圧症を自然的経過を超えて増悪させるほどの精神的な緊張や肉体的な疲労をもたらすほど過重なものであったとは認められないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働基準法75条
労働基準法79条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 2000年10月25日
裁判所名 千葉地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (行ウ) 69 
裁判結果 棄却(確定)
出典 訟務月報48巻1号81頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 労働基準法及び労災保険法が労災補償の要件として、「業務上負傷し、又は疾病にかかった」(労働基準法七五条一項)とか、「業務上の事由により」(労災保険法一条)と規定するほか、何ら特別の要件を規定していないことからすると、被災者の死傷病が業務に起因するといえるためには、業務に死傷病等の結果が発生する危険性が認められること、すなわち業務と死傷病との間に相当因果関係の認められることが必要であり、かつこれをもって足りるものと解するのが相当である。
 2 右1のような相当因果関係が認められるためには、まず業務に死傷病を招来する危険性が内在ないし随伴しており、当該業務がかかる危険性を発現させると認めるに足りる内容を有することが必要であるところ、Aの死因となった急性心不全の原因として考えられる高血圧性心疾患、虚血性心疾患、重症不整脈等(〈証拠略〉)の心血管疾患の発症については、もともと被災者に高血圧等の素因又は基礎疾患等に基づく血管病変等が存在し、それが何らかの原因によって破綻して発症に至るのが通常であるし、右血管病変等は、医学上、先天的な奇形等を除けば、加齢や日常生活等がその主要な原因であると考えられており、右血管病変等の直接の原因となったり、あるいは、右血管病変等の破綻をもたらして右心血管疾患を発症させる危険を本来的に内在する業務も認められておらず、むしろ複数の原因が競合して発症したと認められる場合が多いこと(〈証拠略〉)に鑑みれば、業務と心血管疾患の発症との間に相当因果関係を肯定するためには、単に業務がその心血管疾患等の発症の原因の一つとなったことが認められるというだけでは足りず、当該業務が、心血管疾患を、その自然の経過を超えて増悪させ、発症の危険を生じさせる程度の過重な精神的、身体的負荷となっていたと認められることが必要であるというべきである。
 3 もっとも、右2のように当該業務が過重な精神的、身体的負荷として、心血管疾患を自然の経過を超えて増悪させる態様は、その業務内容や作業環境等に応じて千差万別であり、過重負荷が時間的・場所的に明確な形で特定されうる場合もあれば、そうでない場合もあると考えられるし、その過重負荷が基礎疾患を増悪させる程度や時期等にも種々の相違があると考えられるのであるから、業務の過重性及びその基礎疾患に及ぼす影響を評価するに当たり、発症直前あるいはそれに近接した時期の業務の過重性のみを一律に重視することは相当ではないと考えられる。〔中略〕
 Aの死亡原因は心疾患であり、その発症をもたらしたのはその基礎疾患である高血圧症の増悪であると考えられるけれども、本件でAの従事してきた業務内容は、死亡直近の交通誘導警備二級の講習及び試験等を考慮に入れても、Aに過重な精神的、身体的負荷をもたらすようなものであったとは認め難いのであるから、右業務と基礎疾患の増悪及び心疾患の発症との間に相当因果関係があるということはできない。
 四 以上によれば、Aの死亡に業務起因性があるとは認められないから、これを業務外と認定した被告の本件処分に違法はない。