ID番号 | : | 07865 |
事件名 | : | 損害賠償請求控訴事件(643号)、損害賠償請求控訴事件(936号)等 |
いわゆる事件名 | : | 筑豊じん肺事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 福岡県下筑豊地区の炭鉱で戦前から、粉じん作業に従事し、じん肺に罹患した元従業員及びその相続人らが、じん肺罹患は、炭鉱経営企業の安全配慮義務の不履行等によるものであり、また、国はじん肺防止のために適正に規制権限を行使しなかったことによるものであるとして、炭鉱経営企業及び国等に対して損害賠償として慰謝料及び弁護士費用を求めていたケースで、原判決を一部変更して、炭鉱経営企業等に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を認容するとともに、労働者がじん肺に罹患したのは国の規制権限不行使によるものであるとして国家賠償法上の責任が認められた事例。 |
参照法条 | : | 民法415条 国家賠償法1条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 労基法の基本原則(民事) / 国に対する損害賠償請求 |
裁判年月日 | : | 2001年7月19日 |
裁判所名 | : | 福岡高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成7年 (ネ) 643 平成7年 (ネ) 936 平成8年 (ネ) 513 |
裁判結果 | : | 原判決一部変更(上告) |
出典 | : | 時報1785号89頁/タイムズ1077号72頁/第一法規A |
審級関係 | : | 一審/06540/福岡地飯塚支/平 7. 7.20/昭和60年(ワ)211号 |
評釈論文 | : | 小宮学・労働法律旬報1520号60~65頁2002年1月25日/松本克美・法律時報74巻10号97~100頁2002年9月/田村泰俊・月刊法学教室256号127~126頁2002年1月/比嘉一美・平成14年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1125〕284~285頁 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 1 安全配慮義務は、ある法律関係に基づき特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務であり、必ずしも直接の雇用契約関係を必要としないと解され、一審被告三社と本件下請従業員との間に上記特別な関係が認められる場合には、一審被告三社は下請企業の従業員であった本件下請従業員に対しても安全配慮義務を負うこととなる。 これを本件について見ると、〔1〕一審被告三社は、その経営する各炭鉱の鉱業権及び基本的設備を保有し、基本的な採掘計画及び採掘方法等を決定して、これに基づいて採掘を実施していたこと、〔2〕本件下請従業員は、一審被告三社が経営する各炭鉱坑内において稼働していたこと、〔3〕保安法は、鉱業権者は「鉱山労働者」に対して粉じんの処理にともなう危害の防止のための必要な措置を講ずる義務がある旨規定しているところ、「鉱山労働者」とは、鉱山において鉱業に従事する者をいい(同法二条三項)、下請企業の労働者もこれに含まれると解されるから、保安法及び保安法の委任に基づいて制定された炭則に規定された鉱業権者の鉱山労働者に対する保安義務は、下請企業の労働者にも及ぶと解されること、〔4〕石炭鉱山の保安については、保安法により、保安統括者から鉱山労働者に至るまでの指揮命令系統及び職責の分担が規定されていること(同法一二条の二、一四条ないし一七条)、〔5〕合理化法(昭和三八年改正)五七条の二は、「鉱業権者又は租鉱権者は、石炭鉱山における作業であって通商産業省令で定める種類のものにその使用人以外の者(請負夫)を従事させようとするときは、その作業の種類、従事させようとする期間その他の通商産業省令で定める事項を定めて通産大臣の承認を受けなければならない。」とし、同法五七条の三は通産大臣の承認の要件を定めるところ、同承認のための手続において、鉱業権者等は、請負わせる作業内容、請負人の使用人のうちの保安技術職員名、請負作業の総括責任者名、保安教育に関する事項を報告することとなっていたこと、以上によれば、下請企業従業員に対する安全配慮義務の履行の第一次的責任は、当該下請企業にあるとはいえ、発注者たる鉱業権者においても、当該炭鉱内での労働災害のうち、少なくとも保安法の規定する保安に関しては、下請企業の従業員に対して指揮監督の権利及び義務を有していたものであって、信義則上、安全配慮義務を負担していたというべきである。したがって、一審被告三社は、その保安体制を通じて、下請企業の従業員がじん肺に罹患しないような各種措置をとるとともに、下請企業がその従業員に対してじん肺罹患防止のための安全配慮義務を尽くすように指導監督する義務があるというべきである。〔中略〕 本件をみるに、前記のじん肺の発症期間に関する諸説からみて、粉じん暴露期間が五年を超える場合には、それだけでも一審原告らの現症状を惹起するに足りる、すなわち、前記説示の「絶対的暴露」に該当すると判断されるから、一審被告三社の各企業での粉じん業務従事期間が五年を超える場合には、粉じん職歴の如何にかかわらず、一審被告三社は、本件従業員らの他の粉じん職歴が、当該粉じん職歴の内容、就労期間の長さ、当該使用者の安全配慮義務違反の態様等からして、当該従業員らが現に罹患しているじん肺をもたらし得る危険性を有するものと認められる場合でも、全損害を賠償する義務があり、一審被告三社が、同従業員らのじん肺罹患による損害を賠償する責任の一部又は全部を免れるには、同被告らにおいて、自らの債務不履行と当該従業員らのじん肺罹患との間の一部又は全部に因果関係がないことを主張、立証することを要することになる。しかるところ、一審被告三社において、そのような立証はなされていない。 次に、本件従業員らの一審被告三社での粉じん暴露期間が五年未満の場合には、それだけでじん肺に罹患する可能性は高くないから、絶対的暴露には該当せず、一審被告三社は、寄与度による責任の限定を求めうるところ、上記のように暴露期間とじん肺症状との間に定量的な関係まであるわけではないから、一審被告三社が主張するように、粉じん職歴の期間に応じて責任を限定することまでは相当といえないが、損害の公平な分担の観点からして、五年未満二年以上の場合は、損害の三分の二、二年未満は損害の三分の一の限度で一審被告三社に負担させるのが相当と考える。 〔労基法の基本原則-国に対する損害賠償請求〕 被控訴人国の昭和三五年四月以降の前記認定の規制権限不行使が、本件各炭鉱及びその他の炭鉱における前記認定のような粉じん対策の不備による安全配慮義務不履行に大きな影響があったことは十分に推認することができるのであって、本件従業員らがそれぞれの企業の安全配慮義務不履行によって被った損害について、被控訴人国の前記認定の規制権限の不行使がなければ、完全に防止はできないにしても、その被害をより少なくできたといえるから、被控訴人国の違法行為と一審原告らの損害との間には因果関係があり、被控訴人国にも賠償責任があるというべきである。 |