全 情 報

ID番号 07885
事件名 療養補償給付不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 藤沢労働基準監督署長事件
争点
事案概要  A社の自動車工場のスポット溶接作業に従事していて、その業務に起因して頚肩腕障害に罹患したYが、その治療のため一般診療及びはり・きゅう治療の併行施術を受け、労働者災害補償保険法の療養補償給付を受けていたところ、X(藤沢労基監督署長)に対してはり・きゅう治療費の労災給付を請求したことにつき、請求権の消滅時効を理由に全部不支給とされたことを違法であるとして、その取消しを求めたケースの控訴審で、原判決がYの請求を認容したのに対して、原判決を取り消し、Yの請求を棄却した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法42条
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 時効、施行前の疾病等
裁判年月日 2001年11月29日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (行コ) 20 
裁判結果 取消、請求棄却(上告受理申立て)
出典 時報1778号154頁
審級関係 一審/横浜地/平12.12. 7/平成11年(行ウ)58号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-時効、施行前の疾病等〕
 労働者災害補償保険法四二条によれば、被災労働者が労働基準監督署長に対して、労働者災害補償保険法上の療養補償給付として療養の費用の支給を求める権利(療養費用請求権)については、二年を経過したときは、時効によって消滅するとされている。労働者災害補償保険法にはこの短期消滅時効の起算点に関する規定はないから、民法の規定により、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」がその起算点となる(民法一六六条一項)。ここに「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、原則として権利を行使することに対する法律上の障害がなくなった時を意味する(大審院昭和一二年九月一七日民集一六巻二一号一四三五頁参照)。〔中略〕
 本件療養費用請求権は、被災労働者が療養を受け、療養費用を自ら支払い、又は支払うべき金額が確定することによって法律上発生するものである。被控訴人のように、はり・きゅう施術を受け、その診療日に療養費用を支払った者が、その施術に係る療養費用請求権を行使するにつき、期限の未到来や条件の不成就等の法律上の障害があったことを窺わせる事情は認められず、本件療養費用請求権の性格からして、これを行使することが法律上可能であったものと認められる。
 これに対し、被控訴人は、「控訴人の発した三七五通達を基礎として、一年を超えるはり・きゅう治療については労災請求できないとされていた状況の下においては、本件療養費用請求権は、その性質上、被控訴人にその権利の行使を期待することは困難であったというべきであるから、上記の大阪高等裁判所平成六年一一月三〇日判決が確定し、このことが報道されるまでの間は時効は進行を開始しない。」旨主張する。しかし、被控訴人のいう権利行使の期待可能性とは、被控訴人の主観的なものにとどまるのである。権利行使が法的に可能になっているのに、権利者が主観的に行使できないと考えると時効期間が開始せずその進行が阻止されるとすると、時効制度は、その存在理由である法的生活の安定の目的を達成できないおそれが生じる。そのような法の解釈を採用することには躊躇(ちゅうちょ)を感じざるをえず、被控訴人の主張を採用することができない。
 そうすると、被控訴人の昭和六二年分及び平成五年分(本件対象期間)の療養費用に係る本件療養費用請求権は、その対象期間中、被控訴人が当該医療機関において療養を受け、その費用を支払った各診療日ごとに消滅時効期間が進行を始めるものと解すべきである。そして、被控訴人は、時効を中断するための措置を取らなかったのであるから、右各起算点(各診療日)から二年を経過したときに労働者災害補償保険法四二条による消滅時効が完成し、控訴人による消滅時効の援用を待たずに、本件療養費用請求権は消滅したものといわざるを得ない(会計法三一条一項)。〔中略〕
 現行の法制度を前提とする限り、労働者災害補償保険法上、時効中断のためには審査請求、再審査請求、不支給処分取消請求などの措置をとることが求められていたものと解され、被控訴人がそのような措置をとることに格別の支障があったものと認めることはできない。
 そして、労働者災害補償保険法四二条は、同法上の療養費用請求権をめぐる時効について、その早期確定を図っており、また、会計法三一条一項は、公法上の債権債務をなるべく速やかに解決して、会計上の決済を早期に完了させようとしているのである。
 そうすると、被控訴人が上記のような措置をとらなかった以上、会計法三一条一項によって絶対的消滅事由とされている時効消滅の効果を免れることはできないというべきである。