全 情 報

ID番号 07889
事件名 就業規則変更無効確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 八王子信用金庫事件
争点
事案概要  信用金庫Yの職員Xらが、Yでは、職員の定年年齢を六〇歳から六二歳に引き上げられるとともに、五五歳時年度到達時に役職を離脱して専任職に移行し、五五歳年度以降定年まで、毎年、五四歳時年度の本給を基準に、その六パーセントずつ逓減する制度が採用・施行されていたが、その後、中高年齢層の増加によりこれらに対する人件費が総人件費の約半分となることから、組合の同意を経て給与規程や人事考課制度の改正を内容とする就業規則及び給与規程の変更(本件就業規則等変更:〔1〕一般職、監督職については職能給・年齢給の廃止・職能給への一本化、〔2〕管理職については査定に応じ支給額が変動する業績給の新設(職能給との二本立て)、〔3〕新制度への移行時の調整給与の支給等、〔4〕賞与のうち可変的な業績配分を二割程度に拡大、家族手当の新設)が行われたところ、これによれば五五歳時年度以降の職員の給与等は平均年収額で最大約二一・三パーセント、退職までに支給される本給総額では最大二三パーセントの減少となることから、Yに対し、本件就業規則等変更はXらの同意がなくなされ、かつ必要性も認められず、Xらに対しては効力を有しないとして同変更前のYとの労働契約上の地位にあることの確認及び変更前の給与規程等により支払われるべき給与及び賞与と変更後の給与規程等により支払われた給与等との差額の金員の支払を請求したケースの控訴審(一審原告は七名であったが、そのうち二名が控訴)。; 原審は本件就業規則の変更は合理性が認められるとしてXらの請求を棄却していたが、控訴審では、Yにおいては、新制度の施行当時においても、特に五五歳年度以降の高齢者の人件費を削減する必要性があったものと認められ、本件就業規則変更は、Yにとって高度の経営上の必要性があるが、Xらのように、自らコースを選択しなかった(定年年齢の選択により五五歳以降の給与体系は八つのコースあり)場合に適用されるコースを適用した場合、五七歳時から一挙に五〇パーセント減額されるのであって、その賃金の減少の程度及び内容は極めて重大であるところ、五五歳未満の職員についての減額幅は、平均四・三一パーセントの減額にすぎず、五五歳以上の職員についてみた減額幅とは画然とした差がある以上、五五歳時未満の職員には調整給の支給といった代償措置が講じられているのに比し、五五歳時以上の職員については、なんらの代償措置も講じされていないこと(家族手当の新設、八つの選択コースの存在、退職金額の変更なしという事実はいずれも代償措置とみることはできず、新制度施行後の一定期間は賃金の削減割合を小幅にする等の不利益緩和のための経過措置も全く設けられていない)からみてその減額により不利益の程度には大きな差異があるというべきであり、その不利益の重大性に鑑みると、他方において、就業規則等の変更を行うにつき高度の経営上の必要性が認められ、かつ、変更後の本件就業規則等そのものに格別不合理な点は見当たらないとしても、制度としての就業規則の変更の必要性と、特定の層の個々の労働者が被る不利益との調整は、代償措置・経過措置によってその調和を図ることも可能であったのであるから、これらの措置を全く講じていない本件にあっては、その必要性の肯定される本件就業規則等変更も、未だ、その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの法的規範性を是認することはできず、合理的な内容のものであるとはいうことはできないから、これに同意しないXらにその効力は生じない部分については本件就業規則等の変更は無効であり、Xらの請求はいずれも理由があるとして、Xの控訴が認容されて、原審の判断が取り消された事例。
参照法条 労働基準法3章
労働基準法89条2号
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2001年12月11日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ネ) 3677 
裁判結果 認容(原判決取消し)(上告)
出典 労働判例821号9頁
審級関係 一審/07842/東京地八王子支/平12. 6.28/平成8年(ワ)2506号
評釈論文 水野英樹・季刊労働者の権利243号49~52頁2002年1月
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 (1) 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないこと、そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきであること、合理性の有無は、具体的には、就業規則によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項における我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきであること、以上はいずれも、みちのく銀行事件上告審判決並びに同判決が引用する最高裁判例の判示するとおりである。
 (2) 本件についてこれをみるに、被控訴人において、本件就業規則等変更が検討された当時、経常利益、当期利益ともに相当の割合で減少し、ことに不良債権償却のための有価証券売却や諸償却準備積立金取崩しによる特別利益の計上を除外した実質的な経常利益、当期利益が大幅に落ち込んでいたこと、自己資本比率が恒常的に低水準で推移していたため、その維持・上昇を図る必要があると考えられていたこと、全国や都内信用金庫の平均と比較して高水準にある人件費や物件費をできるだけ削減する必要があったこと、とりわけ我が国社会における高齢化の進展に伴い、被控訴人においても40歳以上の中高年齢職員の大幅増加が見込まれ、その人数比及び人件費の増加及び偏在化も重大な問題となっていたことは、いずれも原判決の説示するとおりであり(原判決199ないし203頁)、これに当審における(証拠略)から認められる新制度施行後今日に至る被控訴人及びこれを取り巻く近時の経済状況をも加え検討すると、被控訴人においては、新制度の施行当時においても、人件費の削減、とりわけ55歳時年度以降の高齢者の人件費を削減する必要性があったものと認められ、したがって、本件就業規則等変更は、被控訴人にとって、高度の経営上の必要性があったということができる。
 (3) しかしながら、本件就業規則等変更により被る55歳時年度以降の職員の不利益の程度についてみると、新制度による賃金の減少について原判決が認定した事実関係(当事者間に争いがない。)によれば、1年平均の本給額(平均年収額)は、54歳時年度の本給額を100とした場合(以下同じ)、平成4年改正の旧制度で76、平成8年改正の新制度で59・8ないし82となり、旧制度と新制度を比較すると、最大で約21・3%の減少となり、また、55歳時年度以降退職までの本給支給総額は、旧制度で532、新制度で410ないし444となり、旧制度と新制度の減額幅は最大で約23%となり(原判決125ないし133頁、196、197頁。なお、控訴人らが主張する平均年収額減額の最大21・2%の数値は、54歳時の年収を1000万円と仮定して計算しているため、小数点以下若干の数値の差が出ているものである。)、しかも控訴人らのように自らコースを選択しなかった場合に適用される原判決(ウ)(a)のコースを適用した場合、57歳時から一挙に50%減額されるものであって、55歳時年度以降の職員の被る賃金の減少の程度及び内容は、極めて重大なものであると認めざるを得ない。〔中略〕
 本件の新制度の導入によって、既に55歳時に達しているか又はその直前であった職員が、前記最高裁判例が指摘する労働者の既得の権利を奪われることにより現に被る不利益の大きさと、55歳時未満の職員が将来被ることになるであろう抽象的な不利益とを単純に比較衡量することは適切でないというべきである。
 さらに、被控訴人は、新制度下の55歳時以上の職員の職務が概ね定型的で軽易なものになったから、不利益の程度も軽減される旨主張し、原判決も同様の認定をするが、原判決挙示の各証拠によっても、前記のとおりの賃金削減を正当化するに足りるほどの職務の軽減が図られたものと認めるには足りない。〔中略〕
 加えて、本件においては、新制度の施行により差し迫った不利益を被る55歳時年度以降の職員に対し、みちのく銀行事件におけるような新制度施行後一定期間は賃金の削減割合を小幅にする等の不利益を緩和する経過措置も全く設けられていないものであって、以上のような55歳時年度以降の職員の被る不利益の重大性に鑑みると、他方において、前記のとおり被控訴人が本件就業規則等の変更を行うについて高度の経営上の必要性が認められ、かつ、原判決の説示するとおり変更後の本件就業規則等そのものに格別不合理な点は見当たらないとしても、制度(ママ)しての就業規則等変更の必要性と、特定の層の個々の労働者が被る不利益との調整は、上記の代償措置及び経過措置によって、その調和を図ることも可能であったのであるから、これらの措置を全く講じていない本件にあっては、その必要性の肯定される本件就業規則等も、未だ、その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの法的規範性を是認することはできず、結局のところ、本件就業規則等変更が高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできないのであって、同変更に同意しない控訴人らに対し、その有効性を主張することはできないというほかない。
 上記の判断は、前記のとおりの我が国社会における高齢化の進展と、近時の厳しい経済環境及び雇用情勢、並びに新制度下における55歳時年度以降の職員の職務内容、さらには原判決が認定するとおりの新制度の賃金水準、組合の同意を含めた労使間の利益調整の経緯等の諸事情を考慮しても、なお左右されるものではない。〔中略〕
 以上によれば、本件就業規則等変更は、控訴人らに対してその効力を生じないというべきであるところ、このように効力が生じない部分については、本件就業規則等の新規定への変更は無効であり、旧規定が控訴人らに適用されるものというべきであるから、被控訴人に対し、旧制度に基づく労働契約上の地位を有することの確認、並びに旧制度と新制度との賃金の差額の支払を求める控訴人らの請求はいずれも理由がある。