全 情 報

ID番号 07910
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 ドラール事件
争点
事案概要  建築材料の卸売販売並びにタイル工事の設計及び請負等を目的とする株式会社Yを平成一二年に依願退職したXが、退職金の支給につき、Yでは平成九年に退職金規定の改定がなされ、周囲の状況及び会社の経営状態に著しい変化が生じたときは、別途取締役会において個別決定するものとするとの条項が付されていたところ、Xの退職時には厳しい経済状況であるとの理由で退職金が不支給となったことから(なおXと同一決算期に退職した従業員に対しては一定の退職金が支給されていたが、Xほか一名に対しては退職金が支給されていなかった)、Yに対し、〔1〕退職金請求権に基づき退職金の支払と、〔2〕不当利得、債務不履行又は不法行為に基づき、退職に伴う従業員持ち株会退会による持株の精算金の不足分の支払を請求したケース。; 〔1〕本件就業規則の改訂はこれによる不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは言い難く、これに同意しないXに対してその効力を認めることができず(退職金支給額の圧縮が収益の改善のために必要不可欠の措置といえると証拠上認めることはできず、また従業員の被った不利益は、甚大であるというべきであるばかりか、安定した労使関係を確保するという見地からみても合理性ないし社会的妥当性に疑問があり、代償措置や不利益緩和措置などの設置した証拠もなく、また変更手続それ自体の正当性にも疑義があることなどを言及)、したがって、本件改訂に係る退職金規定に基づくXに退職金を支給しない旨の取締役会の決定もまた無効であるとして、本件改定前の就業規則の退職金規定及びその別表に基づいて計算した金額について請求が認容され、〔2〕についても、従業員持株会が形式的にはYと独立した民法上の組合とする規約が存在するものの、その実態はYの一部局であるとして株式の清算に係る債務はYに帰属すると認めることができるとしたうえで、本件理事会の株式清算金額の決定(類似会社として妥当とは認め難い会社を選択して類似会社比準方式を用いているなど妥当な算定結果といえるか疑問があり、また本件理事会決定は株主に対しその投下資本回収を不当に妨げる結果となることなどを言及)は、合理的な算定方法に基づく合理的な金額を定めたものと認めることができず持株会理事会の裁量の範囲を逸脱しているというほかなく無効であるとして、収益還元方式と配当還元方式を一定の割合で加重平均する方法により計算した退会精算金の額から既払分を差し引いた額につき請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法89条3号の2
労働基準法3章
労働基準法93条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職慰労金
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 退職金
裁判年月日 2002年2月15日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 1951 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例837号66頁
審級関係
評釈論文 開本英幸・労働法律旬報1559号35~41頁2003年9月10日/勝亦啓文・労働判例841号5~14頁2003年4月1日
判決理由 〔賃金-退職金-退職慰労金〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 被告は、本件改訂により、退職金規定第8条として、周囲の情勢及び会社の経営状態に著しい変化が生じたときは、退職金を支給するか否か及び支給額につき、別途取締役会において個別決定する旨の規定を追加している。
 そして、上記第8条は、従前の退職金規定によれば勤続年数と支給率に応じて一定額に定められていた退職金の金額を、取締役会の個別決定により減額し、場合によっては不支給とする余地を生むものであるから、被告が本件改訂により上記第8条を追加したことは、就業規則の不利益変更に該当するというべきである。
 ウ ところで、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである(最高裁判所昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号60頁参照)。そして、上記合理性の有無は、使用者側の就業規則変更の必要性の内容・程度、就業規則の変更により労働者が被る不利益の程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯等を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻2号705頁参照)。〔中略〕
 本件改訂により、従業員が被った不利益の程度についてみるに、〔1〕本件改訂に係る退職金規定の変更により、取締役会が個別決定をすれば、従前の退職金規定によれば勤続年数と支給率に応じて一定額に定められていた退職金の金額を減額し、場合によっては不支給とすることが可能となること、〔2〕現実に、変更後の退職金規定に基づき、原告他1名について退職金を支給しない旨の決定がされていること、〔3〕変更後の退職金規定を現実に適用した結果、原告と同一決算期に退職した従業員及び原告の退職した月の翌月以降に退職した従業員に対しては一定の退職金が支給されたにもかかわらず、原告他1名に対しては退職金が支給されないという、恣意的ともいうべき従業員間の不平等を招来する結果となっていることに照らせば、本件改訂に係る退職金規定の変更により、従業員が被った不利益は甚大であるというべきであるばかりか、安定した労使関係を確保するという見地からみても、合理性ないし社会的妥当性に疑問がある。
 加えて、被告において、本件改訂に当たり、従業員が被る上記不利益に対する代償措置やこれを緩和する措置を設けたり、関連する他の労働条件を改善したことを認めるに足りる証拠はない。
 さらに、被告において、本件改訂に当たり、従業員の過半数で組織する労働組合又は従業員の過半数を代表する者の意見を聴取したと認めるに足りる証拠はないから、本件改訂は、その変更手続それ自体の正当性にも疑義があるといわざるを得ない(労働基準法90条参照)。
 カ 以上によれば、本件改訂は、これによる不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとはいい難く、これに同意しない原告に対してその効力を認めることはできず、したがって、本件改訂に係る退職金規定第8条に基づく、原告に退職金を支給しない旨の被告取締役会の決定もまた無効である。