全 情 報

ID番号 07918
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 中央労基署長(スポーツニッポン新聞社)事件
争点
事案概要  スポーツ新聞社の編集局特信部の競馬担当者で中央競馬の取材、記事執筆等を行ってきたA(既往症、基礎疾病等の資料はなし・一日二〇本程度の喫煙嗜好あり)が、三三泊三四日の予定で北海道の牧場や札幌競馬の単独取材をしに北海道へ出張中(出張終了三日前)に滞在ホテルで急性心不全により死亡したことから、その遺族である妻Xが、Aは業務上の事由により死亡したとして、中央労働基準監督署長Yに対して労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付等の請求を行ったが、Yがこれを不支給とする旨の処分をなしたため、その取消しを求めたケース。; Aの業務は著しく出張が多く、期間も長期にわたるものもあり(死亡前一年間をみると勤務日数二八〇日のうち一六〇日間が出張であった)、出張時、追い切り調教を取材する時は早朝午前五時頃に起床せざるを得ないなど職務時間が変則的であるなど精神的・肉体的に相当負担のある業務であったというべきであり、また本件札幌出張における業務も、単独取材で代わりの者がいないことから、Xには取材、執筆、送稿を滞らせないための精神的な緊張感があり、また札幌競馬の取材中に一人で写真撮影を兼ねるなど他社の記者の出張期間や取材等に当たる人数、執筆量に比べAが相当負担のある業務に従事していたなどとしたうえで、業務の内容・性質、作業環境、労働環境、Aの急性心不全発症前の健康状況、発症の経緯、発症した症状の推移と業務との対応関係、業務以外の当該疾病を発症させる原因及びその程度等の諸般の事情を総合すると、Aの急性死因不全の直接の原因と推認される特発性心室細動は、仮にAの心臓に何らかの素因があったとしてもその自然的経過を超えて進行増悪して発症したものであり、Aの過重な業務が誘因となって発症したもので、Aの死亡と業務との間には経験則上、業務に内在する危険が現実化したものとして、相当因果関係があるものと認めるのが相当であり、また不整脈による突然死等は本件認定基準の対象とする虚血性心疾患の一つとされているし、Aの発症前一週間以内の業務は日常業務を相当程度超えていると認めることができ、またそれより前の業務も過重であったということができるから、Aの死亡の業務起因性については、本件認定基準に照らしても肯定できるとして、Aの死亡を業務上と認めなかった本件処分は違法であるとしてこれが取り消され、Xの請求が認容された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2002年2月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (行ウ) 24 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例825号32頁
審級関係
評釈論文 松永理士・法政研究〔九州大学〕69巻4号195~204頁2003年3月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 (1) 労災保険法の関係規定(同法1条ないし3条、2条の2、7条、12条の8、24条等)からすれば、労災保険法の定める労災補償制度は、使用者が労働者をその指揮監督の下に業務に従事させていることから、その過程において業務に内在する各種の危険に労働者が遭遇することが不可避的であることに鑑み、労働者保護の見地から、使用者の過失の有無にかかわらず、その危険が現実化して疾病等の災害が発生した以上、その災害によって労働者が受けた損害は使用者が負担すべきものであり、使用者に対し労働力の毀損に対する損失てん補を行わせることが衡平にかなうとして、その補償義務を課したものと解される。このような労災保険法の立法目的、労災補償の趣旨からして、労働者に生じた疾病等が業務上の疾病等であるといえるためには、法的にみて業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係、すなわち労災補償を認めるのを相当とする関係がなければならないから、業務と疾病等との間に相当因果関係があることを要すると解するのが相当である。
 (2) 以上のとおり、労災保険法上の相当因果関係の有無は、法的にみて業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるといえるか否かにより判断されるべきであるから、その判断に当たっては、当該労働者の業務の内容・性質、作業環境、業務に従事した期間等の労働状況、当該労働者の疾病発症前の健康状況、発症の経緯、発症した症状の推移と業務との対応関係、業務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及びその程度等の諸般の事情を総合的に判断して、経験則上、業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるといえるかにより決するのが相当である。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 競馬担当記者としてのAの業務は、著しく出張業務が多く、その期間も1か月を超えることが度々あること、出張時は、追い切り調教を取材する時は早朝午前5時ころに起床せざるを得ないなど、職務時間が変則的であるし、注目馬の動向も注視していなければならないこと、取材対象、取材内容、取材場所がほぼ特定されているとはいえ、初対面の人にも取材しなければならないこと、出張時の宿泊先は寮の相部屋かホテルでの長期の一人暮らしであって、自宅とは環境を大いに異にすること(以上、第2の3(2)アないしオ、同(3)イ、ウ)からすると、被告主張の諸点(第3の3(被告)(2)イ)を考慮しても、精神的、肉体的に相当負担のある業務であったというべきである。〔中略〕
 Aの業務の内容・性質、作業環境、労働状況、Aの急性心不全発症前の健康状況、発症の経緯、発症した症状の推移と業務との対応関係、業務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及びその程度等の諸般の事情を総合すると、Aの急性心不全の直接の原因と推認される特発性心室細動は、仮にAの心臓に何らかの素因があったとしてもその自然的経過を超えて進行増悪して発症したものであり、Aの過重な業務が誘因となって発症したもので、Aの死亡と業務との間には、経験則上、業務に内在する危険が現実化したものとして、相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
 なお、不整脈による突然死等は本件認定基準の対象とする虚血性心疾患の一つとされているし(第2の3(9)ウ)、前記(2)で検討したところによれば、Aの発症前1週間以内の業務は日常業務を相当程度超えていると認めることができ、また、それより前の業務も過重であったということができるから、Aの死亡の業務起因性については、本件認定基準に照らしても、肯定することができる。