全 情 報

ID番号 07979
事件名 懲戒処分禁止等仮処分申立事件
いわゆる事件名 性同一性障害者解雇事件
争点
事案概要  株式会社Yの本社調査部に勤務する社員で、性同一性障害の診断を受けてカウンセリングを開始し翌年に家裁で女性名への改名を認められたXは、製作部製作課への配置転換を内示されたため、女性として就労することを認めて欲しい旨の申出をし、その後Yから確認書を示された際にもYが本件申出を承認しなければ配置転換を拒否する旨を回答していたが、Yから正式に配転命令の辞令が発せられたところ、その写し及び本件申出を承認しないとの通知書(写)を破棄したものをYに送付したり、引継ぎ業務も行わず二週間出社しなかったり、その後、配転先に出社した際にも、女性の服装、化粧等をしていたため、出社しては服務命令違反を理由に自宅待機命令が発せられるといったことを繰り返していたところ、〔1〕本件配転命令を拒否したこと、〔2〕本件配転命令の辞令を破棄し、Yに送り返したこと、〔3〕業務の引継ぎを怠ったことのほか、それ以前に〔4〕Yから貸与されたパソコンを用いて、業務時間中に私的な自己のホームページに書込みを繰り返したり、同僚を誹謗中傷あるいは業務上の秘密を漏洩する記事を書き込んだこと、〔5〕業務命令(女装で出勤しないこと等)に全く従わなかったことを理由に懲戒解雇されたため、XがYに対し、本件懲戒解雇は無効であると主張して、地位保全及び賃金・賞与の仮払いを申し立てたケース。; 〔1〕については、懲戒解雇事由に該当するが、懲戒解雇の相当性を認めさせるものではなく、〔2〕〔3〕〔4〕については懲戒解雇事由に該当しないか、又は懲戒解雇の相当性を認めさせるものではなく、〔5〕については、Y社社員がXに抱いた違和感及び嫌悪感は、Xの事情を認識し、理解するよう図れば緩和する時間の経過も相まって緩和する余地も十分あり、また取引先・顧客が抱き又は抱くおそれのある違和感等はYの業務遂行上著しい支障を来すおそれがあるとか、Yが適切な配慮をした場合においても女性の容姿をしたXを就労させることがYにおける企業秩序又は業務遂行において著しい支障を来すといったことを認めるに足りる的確な疎明はないこと等を理由に、懲戒解雇の相当性を認めさせるものではないとしたうえで、本件解雇は権利の濫用に当たり無効であるとして、Xの請求が一部認容された(賃金仮払いのみ)事例。
参照法条 労働基準法89条9号
労働基準法2章
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
裁判年月日 2002年6月20日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成14年 (ヨ) 21038 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例830号13頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3552号70~71頁2002年9月6日/永野仁美・ジュリスト1263号189~192頁2004年3月1日/小畑史子・労働基準55巻3号18~23頁2003年3月/新谷正人・労働法律旬報1553号22~25頁2003年6月10日/清水弥生・労働判例849号14~22頁2003年8月1日/藤本茂・法律時報75巻10号105~108頁2003年9月
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 債権者が在籍していた調査部において、債務者の組織変更の一環として、調査業務を外注にし、債務者社員が外注者への管理業務に集中することにより人員を削減する方針を立てたこと、他方、製作部において、増員が必要になった企画開発部開発編集課への異動により欠員1名が生じ、調査部からこの欠員を補充することになったこと、この補充者について、調査業務の外注により債権者が従事していた調査業務をなくす方針であったこと、外注者への管理業務につき他に適任者がいたこと、債権者にとって、製作部における印刷出版等に関する業務が、未経験であり、有益になるであろうこと等の事情により、調査部員6名の中から債権者を選んだことが認められる。
 これらの事実によれば、本件配転命令は、債務者における業務上の必要に基づき、合理的な人選を経て行われたものであり、相当なものと認められる。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 債権者が、3月5日から4月17日までの出勤日、債務者から本件服務命令により債務者から女性の容姿をすることを禁止されていたが、これに従わずに女性の容姿をして出社し続け、その都度、債務者から自宅待機を命じられたことは、前提となる事実(4)イ、オのとおりである。〔中略〕
 たしかに、債権者は、従前は男性として、男性の容姿をして債務者に就労していたが、1月22日、債務者に対し、初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるように求める本件申出をし、3月4日、本件申出が債務者から承認されなかった後に最初に出社した日、突然、女性の容姿をして出社し、配転先である製作部製作課に現れたのであり、債務者社員が債権者のこのような行動を全く予期していなかったであろうことを考えると、債務者社員(特に人事担当者や配転先である製作部製作課の社員)は、女性の容姿をした債権者を見聞きして、ショックを受け、強い違和感を抱いたものと認められる。
 そして、債務者社員の多くが、当時、債権者がこのような行動をするに至った理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え、一般に、身体上の性と異なる性の容姿をする者に対し、その当否はさておき、興味本位で見たり、嫌悪感を抱いたりする者が相当数存すること〈証拠略〉、性同一性障害者の存在、同障害の症例及び対処方法について、医学的見地から専門的に検討され、これに関する情報が一般に提供されるようになったのが、最近になってからであること〈証拠略〉に照らすと、債務者社員のうち相当数が、女性の容姿をして就労しようとする債権者に対し、嫌悪感を抱いたものと認められる。
 また、債務者の取引先や顧客のうち相当数が、女性の容姿をした債権者を見て違和感を抱き、債権者が従前に男性として就労していたことを知り、債権者に対し嫌悪感を抱くおそれがあることは認められる。
 さらに、一般に、労働者が使用者に対し、従前と異なる性の容姿をすることを認めてほしいと申し出ることが極めて稀であること、本件申出が、専ら債権者側の事情に基づくものである上、債務者及びその社員に配慮を求めるものであることを考えると、債務者が、債権者の行動による社内外への影響を憂慮し、当面の混乱を避けるために、債権者に対して女性の容姿をして就労しないよう求めること自体は、一応理由があるといえる。
 ウ しかし、債権者が、平成○年○月○日以降、○に通い、性同一性障害(性転換症)との診断を受け、精神療法等の治療を受けていること、同年○月○日、妻との調停離婚が成立したこと、債権者が受診した上記○の医師が作成した平成○年○月○日付け診断書において、債権者について、女性としての性自認が確立しており、今後変化することもないと思われる、職場以外において女性装による生活状態に入っている旨記載されていること、債権者が、同年7月2日、家庭裁判所の許可を受けて、戸籍上の名を通常、男性名である「○」から、女性名とも読める「○」に変更したことは、前提となる事実(8)のとおりである。
 そして、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、性同一性障害(性転換症)は、生物学的には自分の身体がどちらの性に属しているかを認識しながら、人格的には別の性に属していると確信し、日常生活においても別の性の役割を果たし、別の性になろうという状態をいい、医学的にも承認されつつある概念であることが認められ、また、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者が、幼少のころから男性として生活し、成長することに強い違和感を覚え、次第に女性としての自己を自覚するようになったこと、債権者は、性同一性障害として精神科で医師の診療を受け、ホルモン療法を受けたことから、精神的、肉体的に女性化が進み、平成13年12月ころには、男性の容姿をして債務者で就労することが精神、肉体の両面において次第に困難になっていたことが認められる。
 これらによれば、債権者は、本件申出をした当時には、性同一性障害(性転換症)として、精神的、肉体的に女性として行動することを強く求めており、他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると、多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができる。〔中略〕
 そして、債務者において、債権者の業務内容、就労環境等について、本件申出に基づき、債務者、債権者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても、なお、女性の容姿をした債権者を就労させることが、債務者における企業秩序又は業務遂行において、著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はない。
 オ 以上によれば、債権者による本件服務命令違反行為は、懲戒解雇事由である就業規則88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり、また、57条の服務義務に違反するものとして、懲戒解雇事由である88条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」には当たり得るが、前記ウ、エの各事情を考えると、前記イの事情をもって、懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできない。
 よって、解雇事由〔5〕は、懲戒解雇の相当性を認めさせるものではない。