全 情 報

ID番号 07980
事件名 賃金仮払仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 西東社事件
争点
事案概要  図書の出版、販売等を業とする会社Yの編集者として約二〇年間勤務してきたXは、Yから直接書籍販売業務(書籍を再販売維持契約書店以外の販売経路で直接販売業務)の担当者として任命されたが、その後、会社の指示により参加した管理者養成学校が実施する研修中に血圧上昇により有休を取得して自宅療養をしたり内勤業務に従事していたため、Y側からはXの業務を軽作業等へ変更し賃金を減額する旨の提案がなされたが、組合は業務内容の変更、勤務形態の変更に伴って労働条件の不利益変更を行わないように申し入れ賃金減額については再考を求めていたところ、Yから血圧が安定して直販業務に従事するまでの暫定的措置として、軽作業の業務につく旨の業務命令(本件配転命令)が出され、Xは物流センター倉庫管理業務に従事することとなったが、結局、Yが組合に対する回答書において倉庫管理業務が軽作業であるとして、Xの賃金を月額約六六万円から約二六万円に減額する旨の回答をしたことから、XがYに対し、本件減額措置は無効として減額措置以前の賃金額についてその仮払いを申し立てたケースで、労働者の同意がある場合、懲戒処分として減給処分がなされる場合その他の特段の事情がない限り、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されないとしたうえで、本件賃金減額措置に対し、Xが黙示に同意した事実はなく本件賃金減額措置はYによる一方的な措置であるところ、これを正当化する特段の事情は認められないから本件措置は無効であり、またYがXに対する配転命令があったということも契約上の賃金を一方的に減額するための法的根拠にはならないとし、Xの差し迫った生活の危険や不安を除くために必要な分についてのみ賃金の仮払いの申立てが認容された事例。
参照法条 労働基準法3章
労働基準法89条2号
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事) / 賃金・退職年金と争訟
裁判年月日 2002年6月21日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成14年 (ヨ) 21080 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例835号60頁/労経速報1830号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 労働契約も契約の一種であり、賃金額に関する合意は雇用契約の本質的部分を構成する基本的な要件であって、使用者及び労働者の双方は、当初の労働契約及びその後の昇給の合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているから、労働者の同意がある場合、懲戒処分として減給処分がなされる場合その他特段の事情がない限り、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されない。
(2) 前記認定のとおり、本件賃金減額措置に対し、債権者が黙示に同意した事実はないから、本件賃金減額措置は、債務者による一方的な措置であると認められるところ、このような一方的賃金減額を正当化する特段の事情も認められないから本件賃金減額措置は無効というべきである。
(3) この点、債務者は、本件配転命令後の倉庫管理業務は軽作業であり、配転後の職種の他の従業員と同等の賃金額に減額したものである旨を主張する。
 しかし、配転命令により業務が軽減されたとしても、配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連していないから、配転命令により担当職務がかわったとしても、使用者及び労働者の双方は、依然として従前の賃金に関する合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているというべきである。
 したがって、本件においても、債務者が債権者に対する配転命令があったということも契約上の賃金を一方的に減額するための法的根拠とはならない。〔中略〕
〔賃金-賃金・退職年金と争訟〕
 賃金仮払いの仮処分は、仮の地位を定める仮処分の一種であり、「争いのある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に必要な限度で発することができるものである(民事保全法23条2項)。債権者の生活の困窮の危険を避けるための必要性もこれに該当するが、賃金仮払いの仮処分は、債権者の生活の困窮を避けるために必要な限度で暫定的に発せられるものであって、従前の生活水準や生活様式を保障するものではない。したがって、債権者の職種や生活状況等の諸般の事情に照らして、被保全権利である賃金請求権の範囲内で、具体的な生活の困窮を避けるために必要で、かつ通常の生活を維持しうるに足りる金額の限度内においてのみ仮払いの必要性が認められると解するべきである。