ID番号 | : | 07983 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 川崎市水道局(いじめ自殺)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 川崎市(Y1)の水道局の工事用水課工務係に配属されたAは、その約一か月後を経過すると、同課課長Y2、同課事務係長Y3、同係主査Y4から職場におけるAの存在を否定するかのような発言やときには果物ナイフを客室内で突きつけられるなどのいじめや嫌がらせを受けた(約六か月にわたるいじめがあったと認定)ため休みがちになり、医療機関で治療等を受けていたが、その後、配属から約二年後にY3ら三人への怨みの気持ちが忘れない旨の遺書を残して自殺をしたことから、Aの両親である遺族X(二名)が上記いじめがAを自殺に追いやったと主張して、〔1〕任用主体であるY1に対して国家賠償法又は民法七一五条に基づき、〔2〕当該行為者であるY3ら三名に対しては民法七〇九条、七一九条に基づき、損害賠償の支払を請求したケースで、Aはいじめを受けたことにより心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には事実上の因果関係があるとしたうえで、〔1〕については、市は具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命、身体等への期間から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における事故を防止すべき注意義務があると解されるとし、Y1の公務員が故意又は過失によって安全配慮保持義務に違背し、その結果職員に損害を加えたときは、国家賠償法一条一項の規定に基づきY1はその損害を賠償すべきであるとしたうえで、Y1には右注意義務違反により国家賠償法上の責任を負うべきとされてXらの損害賠償請求が一部認容(ただしXらの損害額につき七割の過失相殺が行われた(なお〔2〕については、その職務を行うについてAに加害行為を行った場合には公務員個人はその責めを負わないとして、Y2らは責任は否定されている)事例。 |
参照法条 | : | 民法415条 労働基準法2章 民法418条 国家賠償法1条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 |
裁判年月日 | : | 2002年6月27日 |
裁判所名 | : | 横浜地川崎支 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成10年 (ワ) 275 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(控訴) |
出典 | : | 時報1805号105頁/タイムズ1114号158頁/労働判例833号61頁/第一法規A |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 山口浩一郎・月刊ろうさい54巻5号4~7頁2003年5月/勝亦啓文・労働法律旬報1551号54~57頁2003年5月10日/小畑史子・労働基準55巻10号38~44頁2003年10月/中災防安全衛生関係裁判例研究会・働く人の安全と健康4巻4号34~39頁2003年4月 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 一般的に、市は市職員の管理者的立場に立ち、そのような地位にあるものとして、職務行為から生じる一切の危険から職員を保護すべき責務を負うものというべきである。そして、職員の安全の確保のためには、職務行為それ自体についてのみならず、これと関連して、ほかの職員からもたらされる生命、身体等に対する危険についても、市は、具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命、身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における事故を防止すべき注意義務(以下「安全配慮義務」という。)があると解される。 また、国家賠償法1条1項にいわゆる「公権力の行使」とは、国又は公共団体の行う権力作用に限らず、純然たる私経済作用及び公の営造物の設置管理作用を除いた非権力作用をも含むものと解するのが相当であるから、被告川崎市の公務員が故意又は過失によって安全配慮保持義務に違背し、その結果、職員に損害を加えたときは、同法1条1項の規定に基づき、被告川崎市は、その損害を賠償すべき責任がある。〔中略〕 前記のとおり、Aは、平成7年5月1日付けで工業用水課に配転されたが、内気で無口な性格であり、しかも、本件工事に関する原告Xとのトラブルが原因で職場に歓迎されず、また、負い目を感じ、職場にも溶け込めない状態にあった。ところが、Aが工業用水課に配転されてから1か月しか経過せず、仕事にも慣れていない時期に、上司である被告Y2ら3名は、職員数が10名という同課事務室において、一方的に執拗にいじめを繰り返していたものであり、しかも、被告Y2は、同課の責任者でありながら、Aに対するいじめを制止しなかった。その結果、Aは、巡回作業に出掛けても、巡回先に行かなくなったり、同課に配属され(ママ)まではほとんど欠勤したことがなかったにもかかわらず、まったく出勤できなくなるほど追い詰められ、心因反応という精神疾患に罹り、治療を要する状態になってしまった。B課長は、Aがいじめを訴えた平成7年12月5日時点で、精神疾患が見られるようになったことを知った。そこで、B課長は、自らも被告Y2ら3名などに対し面談するなどして調査を一応行ったものの、いじめの一方の当事者とされている被告Y2にその調査を命じ、しかも、Aが欠勤しているという理由でAからはその事情聴取もしなかったものであり、いじめの性質上、このような調査では十分な内容が期待できないものであった。〔中略〕 このような経過及び関係者の地位・職務内容に照らすと、工業用水課の責任者である被告Y2は、被告Y4などによるいじめを制止するとともに、Aに自ら謝罪し、被告Y4らにも謝罪させるなどしてその精神的負荷を和らげるなどの適切な処置をとり、また、職員課に報告して指導を受けるべきであったにもかかわらず、被告Y4及び被告Y3によるいじめなどを制止しないばかりか、これに同調していたものであり、B課長から調査を命じられても、いじめの事実がなかった旨報告し、これを否定する態度をとり続けていたものであり、Aに自ら謝罪することも、被告Y4らに謝罪させることもしなかった。また、Aの訴えを聞いたB課長は、直ちに、いじめの事実の有無を積極的に調査し、速やかに善後策(防止策、加害者等関係者に対する適切な措置、Aの配転など)を講じるべきであったのに、これを怠り、いじめを防止するための職場環境の調整をしないまま、Aの職場復帰のみを図ったものであり、その結果、不安感の大きかったAは復帰できないまま、症状が重くなり、自殺に至ったものである。 したがって、被告Y2及びB課長においては、Aに対する安全配慮義務を怠ったものというべきである。〔中略〕 公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責任を負うべきであり、公務員個人はその責を負わないものと解されている。 そうすると、本件においては、被告Y2ら3名がその職務を行うについてAに加害行為を行った場合であるから、原告らに対し、その責任を負担しないというべきである。〔中略〕 Aは、いじめにより心因反応を生じ、自殺に至ったものであるが、いじめがあったと認められるのは平成7年11月ころまでであり、その後、職場も配転替えとなり、また、同月から医師の診察を受け、入通院をして精神疾患に対する治療を受けていたにもかかわらず、これらが効を奏することなく自殺に至ったものである。これらの事情を考慮すると、Aについては、本人の資質ないし心因的要因も加わって自殺への契機となったものと認められ、損害の負担につき公平の理念に照らし、原告らの上記損害額の7割を減額するのが相当である。 |