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ID番号 07985
事件名 解雇無効確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 宮崎信用金庫事件
争点
事案概要  信用金庫Yに勤務するX1(支店貸付係担当係長)及びX2(本店営業部得意先係)は、労働組合の指導的立場にある組合員であり、Yの職員によるAへの不正融資疑惑について、周囲から事情を聴取するなど疑惑解明のための活動を行うにあたり、X1は不正融資疑惑を調査するためにオンライン端末機を利用してYのホストコンピューターにアクセスし、信用情報を印刷して印刷文書を取得し事実関係の確認・資料の収集を行ったり、役員の背任行為の調査等の要求を受け入れられない場合には、組合に資料を開示し、また作成者の調査が行われた場合には資料を公にする旨の匿名の批判文書をYの総務部長に郵送し、さらにYの不正疑惑資料を衆議院議員の公設秘書(X1の弟)及び宮崎県警に提出するなどし、またX2も信用情報や管理文書のコピーを取得したりしたところ、本件の信用情報を入手したことが就業規則に定める懲戒解雇事由である職場内外の窃盗に当たり、外部者に情報を漏洩したことが業務上の重要な秘密を他に漏らしたとき、またYの名誉と信用を著しく失墜したこと、更には資料の管理・保管義務違反に当たるとして懲戒解雇されたことから、XらがYに対し、右懲戒解雇は懲戒事由として違法性がないなどと主張して無効の確認及び賃金の支払を請求したケースの控訴審で、原審は本件懲戒解雇は有効としていたが、控訴審は懲戒解雇事由を定めた就業規則の規定を限定的に解釈し、Yが懲戒解雇の事由として主張する事実のうち懲戒解雇事由に当たると認めうるのはX1が衆議院議員の公設秘書に資料を交付した点のみであること、X2については本件懲戒解雇は当然に無効であり、X1についても懲戒解雇事由に該当する事実が実質的にそれほど重大なものとは解されず、懲戒解雇は相当性を欠くものとして無効であるとしたうえで、仮にX1らの各行為が懲戒解雇事由に該当するとしても、XらはもっぱらY内部の不正疑惑を解明する目的で行動しており、内部の不正を糺すという観点からはむしろYの利益に合致するところもあったというべきで各行為の違法性が大きく減殺することは明らかであり懲戒解雇は相当性を欠き無効と判断し、原審が取り消された(Xの控訴が認容)事例。
参照法条 労働基準法89条9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 守秘義務違反
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 2002年7月2日
裁判所名 福岡高宮崎支
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ネ) 192 
裁判結果 認容(原判決取消)(上告・上告受理申立て)
出典 時報1804号131頁/労働判例833号48頁/労経速報1831号3頁
審級関係 一審/07850/宮崎地/平12. 9.25/平成10年(ワ)252号
評釈論文 ・労政時報3557号70~71頁2002年10月11日/原昌登・ジュリスト1241号112~115頁2003年3月15日/小畑史子・労働基準56巻5号36~41頁2004年5月/大塚成和・銀行法務2148巻4号109頁2004年3月/長谷川聡・労働法律旬報1550号31~39頁2003年4月25日/土田道夫・判例評論538〔判例時報1834〕199~205頁2003年12月1日/島田陽一・労働判例840号5~17頁2003年3月15日/藤内和公・民商法雑誌128巻3号80~94頁2003年6月/内野経一郎
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-守秘義務違反〕
 本件信用情報のうち、控訴人X1は少なくとも本件信用情報(ア)〔2〕及び同(イ)に、控訴人X2は少なくとも本件信用情報(ア)〔4〕ないし〔7〕に、それぞれアクセスし、これらの情報を印刷して作成した文書を取得したことが認められる。また、本件管理文書のうち、控訴人X1は本件管理文書〔4〕について、控訴人X2は本件管理文書〔3〕の一部について、それぞれ文書の原本を複写し、その写しを取得したことが認められる。そして、各印刷した文書及び写しは、いずれも被控訴人の所有物であるから、これを業務外の目的に使用するために、被控訴人の許可なく業務外で取得する行為は、形式的には、窃盗に当たるといえなくはない。
 しかし、証拠(〈証拠略〉)によれば、就業規則75条1項は出勤停止、減給又は譴責の事由として「許可を得ないで金庫の施設・什器備品、車両等を業務以外の目的で使用したとき(8号)」、「正当な理由なく金庫の金品を持ち出し、または私用に供したとき(9号)」を定めており、形式的に窃盗に当たる行為であっても出勤停止又はこれより軽い処分をもって臨む場合のあることが予定されていることが認められる。他方、同条2項4号の表現は「職場内外において・・・刑事犯または、これに類する行為」となっており、同号が懲戒解雇事由として予定しているのは、刑罰に処される程度に悪質な行為であると解される。
 そうすると、控訴人らが取得した文書等は、その財産的価値はさしたるものではなく、その記載内容を外部に漏らさない限りは被控訴人に実害を与えるものではないから、これら文書を取得する行為そのものは直ちに窃盗罪として処罰される程度に悪質なものとは解されず、控訴人らの上記各行為は、就業規則75条2項4号には該当しないというべきである。〔中略〕
 なお、控訴人らは、被控訴人職員が担当業務以外の情報にアクセスすることは許容されていた旨主張する。
 しかしながら、本件信用情報には、会員の出資額、顧客ランク、融資額、融資条件、返済方法、延滞状況、担保明細が記載され、本件管理文書〔3〕及び〔4〕には、手形の支払義務者の不渡り等の信用情報が記載されている。これらの融資の内容や融資の相手方の信用状況に関する情報は、当該顧客にとって、高度のプライバシーに属する事項であり、また、金融機関の融資の相手方に対する評価は、当該金融機関にとって、最高機密に属する事項である。
 したがって、金融機関として顧客に対して高度の秘密保持義務を負い、機密情報を厳格に管理すべき立場にある被控訴人が、職員に対し、担当業務の遂行に関係のない目的でこのような機密情報にアクセスしたり、機密情報の記載された文書を複写したりすることを許容することはあり得ないことであり、このことは、上記認定のとおり、顧客信用情報へのアクセスにはオペレータカードを要し、しかもそのアクセスの経過が記録されることとされていることからも明らかである。
 Aが本件資料を被控訴人に持ち込んだ当時、Aと被控訴人らとの間に何らかの人的関わりがあったことをうかがわせる証拠も存しない。
 そうすると、Aの取得した本件資料が元々は控訴人らの作成、収集した資料に由来するものであることは確かであるものの、同資料と同内容の複写を所持しうる者が他にもあった以上、本件資料が控訴人らの意思に基づいてAに渡ったものとまでは推認することはできないというべきである。
 そうすると、本件資料をAが所持していたことに関しては、控訴人らに就業規則75条2項8号、11号又は13号に該当する事実は、これを認めることができないというべきである。なお付言すると、Aに本件資料が流出したことについて、控訴人らに本件資料の保管・管理義務違反の過失があったと評価することは不可能ではないが、就業規則では、過失により被控訴人に損害を与える行為は出勤停止又はこれより軽い懲戒処分に処することとされており(就業規則75条1項12号、13号)、就業規則75条2項8号、11号及び13号はもっぱら故意による行為を懲戒解雇事由としているものと解されるから、過失により本件資料を流出させたとしても、同各号所定の懲戒解雇事由には当たらないというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 控訴人らはもっぱら被控訴人内部の不正疑惑を解明する目的で行動していたもので、実際に疑惑解明につながったケースもあり、内部の不正を糺すという観点からはむしろ被控訴人の利益に合致するところもあったというべきところ、上記の懲戒解雇事由への該当が問題となる控訴人らの各行為もその一環としてされたものと認められるから、このことによって直ちに控訴人らの行為が懲戒解雇事由に該当しなくなるとまでいえるかどうかはともかく、各行為の違法性が大きく減殺されることは明らかである。
 また、就業規則74条は、出勤停止より重い処分として懲戒解雇の他に停職、降職降格、諭旨免職を予定しており(〈証拠略〉)、懲戒解雇が相当となるのは特に違法性の大きい場合であると解されるところ、上記のとおり、控訴人らの各行為には出勤停止又はこれより軽い処分を科すべきと解されるものが多く、かつ上記のとおり違法性が減殺される事由も存することを勘案すると、控訴人らの各行為に懲戒解雇に当たるほどの違法性があったとはにわかに解されない。
 したがって、上記のように控訴人らの行為が被控訴人主張の各懲戒解雇事由に当たると仮定してみても、控訴人らを懲戒解雇することは相当性を欠くもので権利の濫用に当たるといわざるをえず、やはり本件懲戒解雇はいずれも無効である。