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ID番号 08014
事件名 特許権持分確認等請求事件
いわゆる事件名 日亜化学工業事件
争点
事案概要  蛍光体や電子工業製品の部品等の製造販売・研究開発等を目的とする株式会社Yの元従業員でカリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授であるXは、Y在職中に研究・開発に従事し、青色発光ダイオードに関する発明を行ったところ、Yは、本件発明についてXを発明者、Yを出願人とする特許出願手続を行い、特許権の設定登録を受けたが、その後、XがYに対し、【1】本件特許権は自己に帰属すると主張して、(〔1〕)本件特許権の一部移転登録、(〔2〕)不当利得返還の一部として一億円の支払を請求し(主位的請求)、【2】仮に本件発明について特許を受ける権利が特許法三五条によりYに承継されている場合には、「相当の対価」の請求として、本件特許権の一部移転登録及び不当利得返還の一部として一億円の支払を、【3】仮に、相当の対価の請求として特許権の一部の移転登録を求めることが許されない場合には相当の対価の請求として、相当の対価の一部としての二〇億円の支払を請求(予備的請求)をし、本件発明の職務発明該当性、予約承継の有無等が争われたケースの中間判決で、本件発明は職務発明に該当するとしたうえで、特許法三五条にいう「勤務規則その他の定め」による予約承継がなされていたとし、また本件発明がされる前までに従業員とYとの間で、職務発明については特許を受ける権利がYに承継される旨の黙示の合意(停止条件付き譲渡契約)が成立していたと認めるのが相当であり、個別譲渡契約も成立していたとし、本件発明について特許を受ける権利はYに承継された旨のYの主張は理由があるとされ(中間判決)、引き続き、特許法三五条三項、四項に基づいて相当対価を請求するXの予備的請求について審理を行うべきものとされた事例。
参照法条 特許法35条
労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 職務発明と特許権
裁判年月日 2002年9月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 17772 
裁判結果 被告主張認容
出典 時報1802号30頁/タイムズ1109号94頁/労働判例834号14頁
審級関係
評釈論文 ・ジュリスト1232号5頁2002年10月15日/・労政時報3565号60~61頁2002年12月6日/手塚和彰・ジュリスト1241号44~52頁2003年3月15日/諏訪野大・法学研究〔慶応義塾大学〕76巻4号65~76頁2003年4月/尾関孝彰・時の法令1676号64~68頁2002年10月30日/武山峯和・パテント56巻2号43~46頁2003年2月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-職務発明と特許権〕
 特許法35条1項は、「使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。」と規定し、職務発明についても、特許を受ける権利は、発明者である従業者等に帰属し、従業者等が職務発明について特許を受けたときは、使用者等は、通常実施権を取得するものとしている。そして、同条2項は、「従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定の条項は、無効とする。」と規定し、従業者等のした職務発明以外の発明、すなわちいわゆる「自由発明」については、使用者等が特許を受ける権利を承継すること等をあらかじめ定めた契約、勤務規則その他の定めは無効であるとしているが、これは、反面において、職務発明については、使用者等が特許を受ける権利を承継すること等をあらかじめ定めた契約、勤務規則その他の定めも有効であることを、明らかにしたものである。その一方で、同条3項は、「従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定し、これを受けて、同条4項は、「前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定している。
 これらの規定の内容に照らせば、特許法は、職務発明について、特許を受ける権利は発明者である従業者等に当然帰属するものとして、従業者等の権利を確保しながら、一方において、使用者等の職務発明成立についての寄与を考慮して、職務発明について従業者等が特許を受けたときには、使用者等は、当該特許権について通常実施権を有することとして(特許法35条1項)、両者の利害を調整している。そして、これを超えて、契約、勤務規則その他の定めにより、従業者等が、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したとき(同条2項)については、従業者等は相当の対価の支払を受ける権利を有する旨を定めて(同条3項、4項)、従業者等の保護を図っている。
 上記のような特許法35条の立法趣旨に照らせば、同条3項、4項の規定する「相当の対価」の額については、最終的には、司法機関である裁判所により、同条4項に規定された概括的な基準の下で、個別の事案における具体的事情を総合考慮して定められるものと解するのが相当である。そして、上述の点に照らせば、従業者等がこのようにして定められる「相当の対価」の支払を受ける権利を有する点について定めた同条3項、4項は、強行規定と解すべきものである。すなわち、契約や勤務規則等の定めにおいて、職務発明についての特許を受ける権利を使用者等に承継させた対価として従業者等が受けるべき金額についての条項を設けたとしても、従業者等は、当該条項に基づいて算出された額に拘束されることなく、上記のような特許法の規定の趣旨に従った「相当の対価」を請求することができるものである。〔中略〕
 特許法35条3項は、あらかじめ職務発明についての特許を受ける権利を使用者等に承継させることを定めることのできるものとして、「契約、勤務規則その他の定」を挙げているものであるが、特許法35条の趣旨を上述のように解すると、ここでいう「契約、勤務規則その他の定」は、必ずしも労働契約や就業規則に限定されるものではなく、使用者が定める職務発明規程等もこれに含まれるものであり、そのような社内規程等は従業員の同意を得ないまま使用者等において定めたものであっても、従業員がこれを知り得るような合理的な方法で明示されていれば、足りるものと解される。〔中略〕
 昭和60年改正社規第17号は、「発明・考案は、その性質上会社の職務範囲とする」(第2条)として、職務発明に関する特許法35条1項の規定を明確に意識した条項を置いた上で、従業員が発明・考案を行った時は、発明者等はその案を所属長を経て特許担当部門に提出するものとし、それ以降の特許出願ないし実用新案登録出願の手続は、出願手続の点検及び弁護士・弁理士への委嘱等の作業を特許担当部門が行い、同部門の選任・召集する特許委員会が、特許出願及び技術保全、異議申立及び特許係争、並びに、特許情報管理及び啓発に関する各審議を行うとともに、特許・考案の内容評価をするものと定めている。そして、付則-1においては、特許出願・実用新案登録出願及びこれらの設定登録に際して従業員に支払われる褒賞金の額が、定められている。これらの条項の内容に照らせば、昭和60年改正社規第17号は、従業員のした職務発明及び職務考案については、特許を受ける権利ないし実用新案登録を受ける権利が被告会社に承継されることを前提として、それ以後の出願手続及び権利の管理等はすべて被告会社が行う一方で、発明者及び考案者に対しては、上記の基準に従って褒賞金を支払う旨を定めたものと解するのが相当である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-職務発明と特許権〕
 職務発明について使用者等が特許を受ける権利ないし特許権を承継することができるのは、契約のみならず勤務規則その他の定めに基づく場合でも認められるものであって、使用者等のこのような地位は特許法35条により使用者等に与えられた法定の権利というべきである。したがって、仮にそれが契約に基づくものであった場合にも、同条の効果としてこれらの権利が使用者等に承継された後においては、もはや発明者たる従業者等は同条3項、4項の規定により相当対価の支払を求めることができるのみであって、債務不履行による契約解除等を理由として権利の承継の効果を覆すことは、特許法の予定しないこととして許されないと解するのが相当である。