全 情 報

ID番号 08026
事件名 貸金等請求事件
いわゆる事件名 和幸会(看護学校修学資金貸与)事件
争点
事案概要  病院及び老人保健施設の経営等を目的とする医療法人Xが、同一グループである学校法人Aが経営するB看護専門学校に入学したYらに入学の際、修学貸金の貸与に関する契約(修学資金は原則として返済すべきであるが、免許取得後Xの経営する病院に二年以上勤務した場合はその一部を、三年以上勤務した場合は全額を免除する、看護学校を退学した等の場合は契約解除、その場合は本件修学資金を利息ともに返還しなければならないなど)を締結し、それに基づいてYらに対して貸与を行ったが、YらがB看護専門学校を退学したため、Yら及び各連帯保証人に対してその返還を請求し、また、Y2に対しては、X経営のC病院に勤務していたときに賃金の過払があったとしてその返還を請求したケースで、本件貸与契約は、将来Xの経営する病院で就労することを前提として、二年ないし三年以上勤務すれば返還を免除するという合意の下、将来の労働契約の締結及び将来の退職の事由を制限するとともに、看護学校在学中からXの経営する病院での就労を事実上義務づけるものであり、これに本件貸与契約締結に至る経緯等を合わせて考慮すると、本件貸与契約はXが経営する病院への就労を強制する経済的足止め策の一種であるとして、本件貸与契約及び連帯保証契約は、労働基準法一四条及び一六条の法意に反するものとして違法・無効であるとし、また、Y2に対して賃金の過払があったと認めるに足りる証拠はないとしてXの請求がすべて棄却された事例。
参照法条 労働基準法14条
労働基準法16条
体系項目 労働契約(民事) / 賠償予定
労働契約(民事) / 労働契約の期間
裁判年月日 2002年11月1日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 6224 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例840号32頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3572号52~53頁2003年2月7日
判決理由 〔労働契約-賠償予定〕
〔労働契約-労働契約の期間〕
 労働基準法16条は、労働者に退職の自由を保障する観点から、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償を予定する契約をすることを禁止している。また、同法14条は、不当に人身を拘束し、強制労働を防止する観点から1年の期間を超える労働期間を定めてはならないとしている。
 本件において、被告Y1及び被告Y2は、いずれも看護学校を卒業しておらず、本件貸与契約が予定している看護学校卒業を前提とした労働契約は、同人らと原告との間で締結されるには至っていなかった。また、本件貸与契約は、労働契約とは別個の金銭消費貸借契約である。したがって、本件で問題となるのは、本件貸与契約が、労働基準法16条にいう違約金あるいは損害賠償の予定と同趣旨の内容を定め、あるいは将来の労働契約の締結や将来の退職の自由を制限する内容を有するものである場合、それが妥当あるいは違法かという点である。
 (イ) 使用者が労働者に対し、修学費用等を貸与した際の、一定期間就労した場合には貸与金の返還は免除するが、そうでない場合には一括返還しなければならないとの合意は、形式的にその条項の規定の仕方からのみではなく、貸与契約の目的、趣旨等からして、同契約が、本来本人が負担すべき修学費用を使用者が貸与し、ただ一定期間勤務すればその返還債務を免除するというものであれば、労働基準法16条に違反するものではないが、使用者がその業務に関して技能者の養成の一環として使用者の費用で修学させ、修学後に労働者を自分のところに確保させるために一定期間の勤務を約束させるという実質を有するものであれば、同法16条に反するものと解される。また、退職等を理由とする貸与された修学資金の返還を定めた規定が、いわば経済的足止め策として就労を強制すると解されるような場合は、そのような規定は、同法14条にも違反するというべきである。〔中略〕
〔労働契約-賠償予定〕
 本件貸与契約及び本件連帯保証契約締結の経緯を見ると、原告からの修学資金の貸与の話は、被告Y1及び被告Y2の看護学校への入学が決まり、それに伴う諸手続終了後に、初めてC病院関係者からあったもので、その際被告らは、貸与を受けなければ入学できないと説明を受け、やむなく本件貸与契約を締結するに至った。特に、被告Y1については、高校からの学校推薦によりB看護専門学校を受験したものであり、同看護学校への入学を拒絶しがたい状況において、貸与契約締結を余儀なくされたものである。
 また、本件貸与契約の内容は、形式的には、看護学校入学者に対し、看護学校とは別法人の原告が、授業料等を貸与するものにすぎない。しかし、その実質は、貸与を受けた者が、看護学校卒業後に看護婦ないし准看護婦免許を取得して、原告の経営する病院で勤務することを大前提としている。そして、本件貸与契約(被告Y1)については、貸与した修学資金のうち、免許取得後2年以上勤務した場合はその一部を、3年以上勤務した場合及び業務上の都合により業務継続が不可能な場合はその全部をそれぞれ免除するとし、貸与を受けた場合は、看護学校在学中から、理由の如何にかかわらず、原告が経営する病院以外でのアルバイトを禁止され、これに違反した場合は、貸与契約が解除され、直ちに返還義務が生じるとされている。〔中略〕
〔労働契約-賠償予定〕
〔労働契約-労働契約の期間〕
 したがって、このような本件貸与契約の内容と、学校法人Aと原告とを同一視し得るとの事情を合わせ考慮すると、本件貸与契約(被告Y1)及び本件貸与契約(被告Y2)は、いずれも単に、原告が、本来看護学校の学生が負担すべきAの運営にかかわる費用を貸与し、本来返還義務が伴う貸与金を例外的に免除しているにすぎないものであるとは言い難く、将来労働契約を締結することを前提として、原告と関連する看護学校の生徒の卒業後の原告への勤務を確保することを目的とし、看護婦獲得のためにその費用で修学させて資格を取らせ、かつその在学中から原告の経営する病院以外での就労を制限し、卒業後は一定期間内に免許を取得させて一定期間の就労を約束させるというのが実質であるというべきである。
 〔4〕 このように、本件貸与契約は、将来原告の経営する病院で就労することを前提として、2年ないし3年以上勤務すれば返還を免除するという合意の下、将来の労働契約の締結及び将来の退職の自由を制限するとともに、看護学校在学中から原告の経営する病院での就労を事実上義務づけるものであり、これに本件貸与契約締結に至る経緯、本件貸与契約が定める返還免除が受けられる就労期間、本件貸与契約に付随して被告Y1及び被告Y2が原告に提出した各誓約書(〈証拠略〉)の内容を合わせ考慮すると、本件貸与契約は、原告が経営する病院への就労を強制する経済的足止め策の一種であるといえる。
 (エ) したがって、以上によれば、本件貸与契約及び本件連帯保証契約は、労働基準法14条及び16条の法意に反するものとして違法であり、無効というべきである。