ID番号 | : | 08027 |
事件名 | : | 退職金請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 東芝事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 情報通信システム等の製造販売を目的とする株式会社Yで環境部次長の立場あったが退職したXが、退職手当金規定に基づく退職金が五〇%しか支払われなかったことから、残りの五〇%分の支払を請求したケースで、Xは重要な職責を担っていたにもかかわらず、重要な時期に重要な業務を中途にしたまま突然職場を放棄し、約一か月の長期間にわたり無断欠勤を続け、それにより各種事務局業務が停滞し、家電製品協会の業務に著しい支障が生じさせるなど重要な職責を担う管理職として無責任といわざるをえない行為を行っており、Xの行為はその功労を減殺するに足りる信義に反する行為といわざるをえず、Xに支給すべき退職金は五〇%を上回らないと認めるのが相当であるとして、Xの請求が棄却された事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法11条 労働基準法3章 労働基準法89条3号の2 |
体系項目 | : | 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算 |
裁判年月日 | : | 2002年11月5日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成13年 (ワ) 17222 |
裁判結果 | : | 棄却(確定) |
出典 | : | 労働判例844号58頁/労経速報1820号20頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕 退職手当金規程三条は、〔1〕やむを得ない業務上の都合、〔2〕精神若しくは身体に故障があるか又は虚弱傷病等のために業務に耐えられないこと、〔3〕傷病による休職期間が満了したことを適用の要件としており、同条の適用を受ける者が特別退職手当金〔1〕、〔2〕の支給対象となり、自己都合退職の場合や、勤務成績不良や非違行為を理由とする解雇の場合よりも高額の退職金が支払われる。また、これらの事由は、就業規則二六条一号、四号、七号の普通解雇事由としても規定されている。そうすると、退職手当金規程三条は、身体の故障や傷病による労務提供の不能や労働能力の喪失、社員に帰責性のない被告の業務上の都合を理由に社員を解雇した場合、被告と社員との間で解雇の効力に関する紛争が発生するおそれがあるところ、通常の場合よりも高額の退職金を支払うことにより、このような紛争の発生を防ぎ、社員との間で円満に雇用関係を終了させることを目的とするものと解される。したがって、精神若しくは身体の故障、虚弱、傷病等が「業務に耐えられない」というためには、これら傷病等の内容、程度に照らし、当初の業務に復帰することが困難であることが高度の蓋然性をもって予測できることが必要と解される。〔中略〕 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕 退職手当金規程三条三号は、被告が社員に当該事由があると認めたことも要件としており、被告が通常の自己都合退職などの場合よりも高額の退職金を支給することに合理性があると判断した場合に限り同号が適用される。その判断は、被告の裁量の範囲に属すると解されるが、恣意的な判断が許されるべきではないから、信義に反する特段の事情がある場合は、被告はその適用を拒むことはできないと解される。 原告は、被告を退職した当時、「自律神経失調症」の診断書を提出していたが、「うつ病」の診断書を提出しておらず、経過報告書や原告の言動からも、原告がうつ病にかかっていたことを強くうかがわせるものはなかったから(証拠略)、被告がうつ病の存在を知らなかったからといって、被告に落ち度があるとはいえない。原告は、被告は原告の心身の状況を調査して把握すべきであったと主張するが、傷病の有無や程度は原告の重要なプライバシーに関する事項であるから、原告が自ら申告しないのにあえて傷病の有無を調査する義務があるとはいえない。それに加え、原告のうつ病の症状は一時的なものであり、治療により改善を図ることが可能であったこと、被告にはうつ病の発症を理由に社員を解雇した例はなかったことからすると、被告が本件において退職手当金規程三条三号の適用を拒むことが信義に反するとまでは認められない。〔中略〕 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕 ア 前記の認定事実によれば、原告は、何ら届出をすることなく突然職場を放棄し、一四労働日以上にわたり無断欠勤をしたから、原告には就業規則一〇三条一号の懲戒解雇事由がある。出奔の前日までの勤務状況や後日の治療経過などからすると、原告のうつ病は、欠勤の届出を不可能にするほどの状態にあったとは認められない。そうすると、原告の退職は、社員の責めに帰すべき事由によるものと解される(退職手当金規程一六条一項本文)。そして、退職手当金規程一六条一項但書及び同条二項は、社員に懲戒解雇事由がある場合、原則として退職金を支給しないが、勤続満一〇年以上の者について情状により四条の基本額(自己都合退職金)の五〇パーセントの限度で退職金を支給することがあると規定する。 イ ところで、退職金は、功労報償の性質を有することは否定できないから、退職手当金規程において、懲戒解雇事由がある場合に退職金の一部又は全部を支給しない旨を定めることは許されると解すべきであるが、退職金が一般に賃金の後払いの性質を有することからすると、退職金を支給しない、又は減額することが許されるのは、従業員にその功労を抹消又は減殺するほどの信義に反する行為があった場合に限られると解される。 ウ 原告は、被告の管理職として、企業秩序の維持・確保を図るべき立場にあり、出向先であるA団体において、環境部次長として重要な職責を担っていたにもかかわらず、家電リサイクル法の施行直後という重要な時期に、重要な業務を中途にしたまま突然職場を放棄し、約一か月の長期間にわたり無断欠勤を続けた。原告の地位や業務内容からすると、原告の業務は他の一般職員が容易に代替しうるものではなく、原告の無断欠勤により各種事務局業務が停滞し、A団体の業務に著しい支障が生じた。また、原告の行為は、出向元である被告の家電製品協会に対する信用を失墜させるものといわざるを得ない。原告の出奔の原因は、業務の性質や職場の人間関係からくるストレスにあると考えられるから、原告のみを責めることはできないが、原告は、業務の遂行が困難であれば、代替要員の補充や配置転換を申し出るなど、業務に及ぼす影響を最小限度にとどめる方法をとるべきであった。何らの配慮をすることなく無断で突然職場を放棄するのは、重要な職責を担う管理職として無責任といわざるを得ない。 したがって、原告の行為は、その功労を減殺するに足りる信義に反する行為といわざるを得ず、原告に支給すべき退職金は、退職手当金規程四条の基本額の五〇パーセントを上回らないものと認めるのが相当である。 |