全 情 報

ID番号 08030
事件名 出向命令無効確認請求事件
いわゆる事件名 新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件
争点
事案概要  旧A社と旧B社との合併により設立された株式会社Yの従業員X1及びX2が、Yでは鉄鋼業界の構造不況の下において経営の合理化等を図る必要があったところ、X1らの従事していた業務が会社Cへ委託されるのに伴い、委託業務の円滑な遂行等を目的としてC社への出向を命じられ、その後もYでは厳しい経営環境が続いていたこともあって、3年ごとに右出向命令が3回延長されたことから、Yに対し右出向命令が無効であるとして同出向命令の無効確認を求めたケースで、本件出向命令には必要性、合理性が認められるとして、X1らの請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法625条1項
労働基準法15条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の限界
裁判年月日 1996年3月26日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (ワ) 513 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例847号30頁
審級関係 上告審/08151/最高二小/平15. 4.18/平成11年(受)805号
評釈論文 下井隆史・ジュリスト1097号147~150頁1996年9月15日
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 本件出向は、被告との労働契約が合意解約されるいわゆる転籍出向ではなく、在籍出向であり、出向期間の明示があり、社外勤務協定等によって社内勤務者の労働条件と同様に扱われるよう保障され、出向先であるC社の業績悪化等により就労の必要がなくなれば当然被告へ復帰するなど、被告の従業員としての地位の保障があるとはいえ、実質的にみると、長期化することが予測できるという意味では転籍出向に近いものがあるといわざるを得ず、本件出向命令の法的根拠を検討する上で、この点を軽視することはできない。
 3 そして、在籍出向といえども、出向によって労働者に対する指揮命令権が出向先に変更するのであるから、民法625条の趣旨である労務給付義務の一身専属性から、また、出向は一般に重要な労働条件の変更であるから、労働基準法15条の精神から、出向命令を正当とする根拠は労働者の同意に求められるべきである。
 ただ、労働者の同意を要するとした趣旨は、出向を命じられる労働者を保護することにあるから、出向命令に応じて出向先に対しても労務に服するなどの義務を負うことが労働契約の内容として含まれるか否かという観点から検討すべきである。そして、わが国の慣行である終身雇用制を前提とする限り、労働契約は相当長期にわたる継続的契約であって、締結後に事情が変更することによって、その内容が合理的な限度で変更することは当然認められるべきであるから、労働契約締結時(入社時)に出向に対する事前の包括的同意が認められるか否かだけではなく、締結時及びその後の労使関係に関するすべての事情も考慮し、出向命令時において、右命令に応じる義務が労働契約の内容となっていたか否かという観点から検討すべきである。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 昭和63年3月2日に改定された社外勤務協定についても、労使間でかなり厳しい交渉の末、被告の提案が労働組合の要求により一部変更される形で合意に至っており、本件計画に基づくC社への業務委託及び本件出向についても、その必要性や具体的な措置について労働組合の了解の下で行われ、特に、本件出向における出向者の勤務形態については、原告ら職場の労働者の意見を背景に労働組合が強く要求したことより、被告の勤務形態を維持できるように、出向先会社であるC社の勤務形態とは異なる特例的な措置がとられていることが認められる。
 したがって、本件出向命令当時、出向を含めた社外勤務に関する就業規則、労働協約及び社外勤務協定の規定を前提に、本件出向のような、業務委託に伴う期間が長期化することが予想できる出向についても、その必要があり、出向者に労働条件や生活環境の上で問題とすべき事情がなく、適切な人選が行われるなど合理的な方法で行われる限り、出向者の個別具体的な同意がなくても、被告は出向を命じることができることが慣行として確立し、このことが被告と原告らとの間の労働契約の内容として含まれていたと認めるのが相当である。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 しかし、就業規則及び労働協約における社外勤務に関する規定自体は単純で抽象的なものであるが、前記のとおり、労働協約の規定を受けて労使間で締結された社外勤務協定が存在し、そこでは、出向期間等について具体的に定められており、また、個々の出向に関しては、労使間で出向先や要員等について協議され、労働組合の了解の下に実施されてきた慣行が存在するのであって、本件出向命令の法的根拠を検討するにあたって、これらの点も総合的に考慮されるべきであるから、就業規則及び労働協約の規定の形式的文言をことさら強調する原告らの主張は失当といわざるを得ない。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 本件出向は付帯的事業である構内輸送部門の業務委託に伴うものであるため、出向期間の長期化が避けられず、原告らについても、3年の出向期間が既に2度延長されている。
 しかし、本件出向がいわゆる転籍出向ではなく、後記のとおり、本件出向が長期化することによって原告らに相当の不利益が生じたと認めることはできないから、出向期間の延長自体を特に強調することは適当ではないし、また、原告らに復帰の可能性が全くないと断定できる事情は認められず、これを認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 そもそも、出向において、出向元と出向先とで労働条件が全く同一であることは通常考えられず、出向によって労働条件の一部に不利益が生じることは避けられないが、出向命令の合理性を判断する際は、労働条件の変化を形式的に比較するだけでなく、当該出向措置の必要性の検討と合わせて労働者の生活環境や労働環境にどのような影響が生じたかを総合的に考察すべきである。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 原告らには、本件出向前後で、勤務場所、職場環境及び職務内容に変化はなく、本件出向措置についての労使の折衝の中で問題とされた勤務形態についても、C社の就業規則とは異なる例外的な特例措置がとられ、出向前の勤務形態がほぼ維持されていることが認められるので、原告らには、新しい勤務につくことによる苦痛は生じず、通勤場所が変わることによる家庭生活等に対する影響もない。
 原告らの労働条件等について、右の点以外に出向前後で特に不利益が生じた点は見当たらないので、原告らに相当な不利益が生じたと認めることはできない。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 本件出向は、業務委託に伴う期間が長期化することが予想される出向であるが、その必要があり、原告に労働条件や生活環境の上で問題とすべき事情がなく、相当な要員設定と人選の下で行われるなど合理的な方法で行われたものであり、原告らの個別具体的な同意がなくても、被告は出向を命じることができたと認められ、原告らは、労働契約上の義務として本件出向命令に従う義務があり、出向法律関係が有効に成立しているものと認められる。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 出向回避措置の必要性については、出向一般にそれを要求すべきであると解することは困難である上、前記のとおり、当時の経済情勢からすれば、本件出向命令に至る一連の措置の必要性、合理性が認められ、連合会ないしD労組も、当該職場の個々の労働者の事情を十分考慮し、それぞれの必要性及び合理性についてその都度検討した上で、被告に対し了解の態度を表明しているのであるから、特に出向回避の措置が必要であったということはできないし、出向先での労働条件や出向者の人選基準についても事前に当該職場の全員に対し情報が開示されていたのであって、原告らへの説明に不足があったとはいえず、本件出向命令を権利の濫用であると認めることはできない。