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ID番号 08045
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 秩父じん肺訴訟控訴審判決
争点
事案概要 埼玉県秩父地域の鉱山粉じん作業に従事し、じん肺に罹患した患者本人やその遺族であるXらが、粉じんの発生及び飛散に対する抑制措置をとらなかったこと、じん肺教育を行わなかったこと等につき鉱山を経営するYらに安全配慮義務違反があったとして損害賠償を請求したケースの控訴審で、原審はYらの安全配慮義務違反があったものとして請求を(一部)認容していたが、控訴審は、雇用会社Y1については安全配慮義務違反と損害賠償責任を維持しつつも、石灰工業会社Y2については現時点における科学的知見に基づく限り、純粋な石灰石粉じんがじん肺を発症させ又はその症状を増悪させるとは考え難いとして、これと判断を異にする一審部分を取り消したうえ、XらのY2に対する請求を棄却した事例。
参照法条 民法415条
民法709条
労働基準法84条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 2001年10月23日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ネ) 2867 
裁判結果 一部変更、一部取消、一部控訴棄却(上告)
出典 時報1768号138頁/第一法規A
審級関係 一審/07330/浦和地熊谷支/平11. 4.27/平成4年(ワ)371号
評釈論文 中災防安全衛生関係裁判例研究会・働く人の安全と健康3巻9号84~89頁2002年9月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 患者原告X1の上記のようなじん肺の発症やその増悪は、九年間の秩父鉱山における削岩作業等のみに起因するものとしても不合理ではなく、これに、宇根鉱山における粉じんの暴露が寄与していると認めるにはなお証拠が不十分というほかない。
 そうすると、その余について判断するまでもなく、一審被告Y2社に患者原告X1に対する損害賠償責任を認めることができないことは、明らかである。
 じん肺の歴史、社会的知見及び法制度の概要については、原判決第三章第四のとおりであって、これによれば、じん肺の原因は、粉じんを吸入することであり、鉱山労働者がじん肺に罹患するのを防止するためには、通気をよくし、削岩機を湿式化すること、散水をして粉じんの飛散を防ぐこと、防じんマスクを使用すること、集じん装置を使用すること、鉱山労働者に対し、じん肺及び粉じんに対する知識を得させ、粉じんの発生及び吸入防止を徹底させること、特に、防じんマスクを好まない抗夫への着用指導が重要であることなどが戦前から広く指摘されていたということができるから、一審被告Yとしては、雇用する鉱山労働者及び雇用に準ずる関係にある請負業者の鉱山労働者に対し、鉱山労働による粉じんの吸入が将来死に至る可能性のあるじん肺罹患の原因となることを十分に認識されるように繰り返し指導、教育するとともに、可能な限り粉じんの発生を防止できるように作業現場の環境を整え、有効な防じんマスクを準備してその着用を徹底し、労働時間が過度に多くならないように留意するほか、健康診断を通じて自らの健康状態に対する関心を高めさせるなど、じん肺罹患が防止するために必要な措置を講じるべき安全配慮義務を負っていたものと解される。
 そして、一審被告Yは、個別の作業現場における粉じん濃度の把握並びにそれに基づいた粉じんの発生及び飛散に対する抑制措置を十分には行っておらず、防じんマスク着用に関する指導、管理も不十分であったばかりか、粉じんの暴露時間を短縮するための配慮や、鉱山労働者に対するじん肺に関する安全衛生上の指導や教育も不十分であったこと、したがって、一審被告Yは、その操業する鉱山抗における粉じん作業での過剰な粉じん暴露によってじん肺に罹患したと認められる患者原告らについて、安全配慮義務を怠ったというほかないことは、原判決第三章第八の五のとおりであるから(一審被告Yに患者原告らに対する故意責任までは認められないことは、原判決第三章第八の七のとおりである。)、一審被告Yは、患者原告ら又はその相続人である遺族原告らに対し、患者原告らのじん肺罹患によって生じた損害を賠償する責任(債務不履行責任)があるほかない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 じん肺の危険性に係る認識について、一審被告Yの管理者に欠けるところがあり、患者原告ら鉱山労働者に対する安全衛生上の指導や教育も必ずしも十分ではなかったこと、一審被告Yには、防じんマスクの着用やフィルターの交換等について組織的に管理する十分な体制がなかったこと、水を使わないで湿式削岩機を使用したり、散水を怠ったことがあったのも、給水設備が不十分であったという事情があったことは、前記二2のとおりであり、これらの事情に照らすと、本件において過失相殺を適用するのは相当ではないというべきである。
 また、一審被告Yは、喫煙がじん肺のみならず肺の疾病の症状を増悪させることは明らかであり、喫煙を理由とする過失相殺は当然に認められるべきである旨を主張するが、一般的に喫煙には肺機能に対する何らかの悪影響があるとしても、患者原告らが暴露を受けた高濃度のじん肺と比較した上で、患者原告らのじん肺罹患による上記認定に係る症状にどの程度の寄与をしたものかは何ら明らかではないから、一審被告Yの上記主張も、採用することはできない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 一審被告Yは、患者原告らが労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付金若しくは傷病補償金又は厚生年金保険法に基づく障害年金を受給しているから、患者原告らの受けた損害からこれを控除すべきである旨を主張する。
 しかしながら、労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付金若しくは傷病補償金又は厚生年金保険法に基づく障害年金は、患者原告らが被った消極損害(逸失利益)を填補し得るものとしても、積極損害や精神的損害である慰謝料を填補するものではないところ、一審原告らが本訴において求めている損害の賠償は、精神的損害である慰謝料についてのみであり、上記認定に係る患者原告らの損害も慰謝料であるから、仮に患者原告らが受領した保険給付が同人らの消極損害を上回ることになるとしても、超過部分を上記認定に係る慰謝料額から控除することは相当ではない。