全 情 報

ID番号 08069
事件名 労災保険遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名
争点
事案概要 印刷物の梱包作業員として稼働していた亡Aがその業務に従事中に急性心筋梗塞を発症して間もなく死亡したことにつき、Aの妻であるXが、労働基準監督署長Yに対し、Aの死亡は業務上のものであると主張して労働者災害補償保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、YがAの死亡は業務に起因するものではないとしてこれを支給しない旨の処分をしたため処分の取消しを求めたケースで、Aは、狭心症の自然悪化から心筋梗塞に移行して死亡した可能性が強く、本件業務の遂行が、狭心症の自然的経過を超えて増悪させたものと認めることはできないとして、請求を棄却した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働基準法施行規則別表192第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2002年10月24日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (行ウ) 34 
裁判結果 請求棄却(控訴)
出典 タイムズ1117号270頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労働者災害補償保険制度の趣旨に鑑みれば、狭心症に罹患していた者が急性心筋梗塞によって死亡した場合、その死亡が業務に起因するというためには、単に業務が心筋梗塞の発症の原因の一つとなったというだけではなく、当該業務の遂行が、その者にとって精神的、肉体的に過重負荷となり、それが、狭心症の自然的経過を超えて増悪させ、又は、当該業務を遂行せざるを得ない状況にあったことから狭心症による治療の機会を喪失させるなどして、その死亡時期を早め、死の結果を招いたといえるなどその死亡と従事していた業務との間に相当因果関係がなければならない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 Aが平成二年一月上旬に罹患した新規発現型労作狭心症は、心筋梗塞に移行し易いもので、しかも、Aは、準高脂血症等の心筋梗塞の危険因子も有していたもので、冠動脈硬化が徐々に進行するなどして、その狭心症が心筋梗塞に移行する危険性は相当あったものというべきである。
 そして、本件業務の内容は、夜勤を含む交替制勤務ではあったが、夜勤明けは、一日又は二日の休養時間が確保されていたもので、更に、労働時間についても、平成元年九月から平成二年三月まで、一か月当たりの所定外労働時間は、平成元年九月一八日からの一か月が六五時間であるほかは、六〇時間を超えた期間はなく、年末年始を含んだ平成元年一二月一七日から一か月間が一五時間、平成元年一一月一七日から一か月間が三〇・七五時間であり、更に、死亡前八日間に四日間の休日が確保されている。更に、Aは、昭和六三年二月二一日以降、約二年間、このような本件業務に従事しており、その間特に勤務シフトに変更はなく、スケジュールどおり実施されていたもので、Aの死亡前一週間におけるAの労働時間は二七時間に過ぎず、死亡前日は一日休んでいる。以上に鑑みれば、Aが本件業務に従事したことにより、Aに精神的・身体的ストレスが過重にかかっていたとまではいうことはできない。
 また、夜勤が人間の生体リズム・生活リズムを狂わせ、その結果、心臓血管系の障害を引き起こすか否かについては、それを肯認する上記の専門検討会報告書もあり、その可能性はあるが、前記の判断を左右するまでのものとは認められない。
 (3) このようにみてくると、Aは、狭心症からその病状の自然の悪化により心筋梗塞に移行して死亡した可能性が強く、本件業務の遂行が、Aにとって、精神的・肉体的に過重負担となり、狭心症の自然的経過を超えて増悪させ、死の結果を招いたものと認めることはできない。
 (4) 次に、Aは、平成二年一月上旬に不安定狭心症の一つである新規発現型労作狭心症を発症し、前記のとおり、心筋梗塞に移行する危険があったものであるから、むしろ、この時点で安静加療すべき状態であったもので、その後に、Aが本件業務を継続したことが、その治療、安静の機会を喪失させたもので、それによってAが死亡するに至ったのではないかが問題になる。
 しかし、平成二年一月又は二月に、AがB病院を受診した際、直ちに入院・治療が必要であるとか、絶対安静にするため本件業務に就くことは控えるようにとの指示を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、前記認定事実と本件各証拠に照らせば、平成二年二月二八日の時点において、Aの不安定狭心症の症状は同年一月下旬ころと比較するとやや落ち着いており、安定化に向かう兆候もあったこと、同年一月下旬以降、C医師による一応の治療を受けており、しかも休日も取得したことが認められ、同年一月下旬ないしそれに近接する時点において、Aは、直ちに入院、治療をするか、少なくとも連続休暇を取得すべきであったとまでは、本件各証拠上、認められず、また、Aが職場の状況からそれがどうしてもできない状況にあったとまでは、本件各証拠上、認められない。
 (5) 以上のとおり、いずれにしても、本件各証拠を検討しても、Aの死亡が本件業務に起因するものとは認め難く、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。