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ID番号 08084
事件名 補償金請求事件(16832号)、補償金請求事件(5572号)
いわゆる事件名 日立製作所(職務発明補償金請求)事件
争点
事案概要 光技術製品を含む電気関連製品の開発、製造、販売等を行う総合電器メーカーであるYの従業員であるXが、Yに対し、本件各発明はY在職中にした職務発明であり、Yに特許を受ける権利を承継させたので、特許法35条3項に基づき、その相当の対価の支払い等を求めた事案で、裁判所は、まず、外国特許権に関する請求について、属地主義の原則に照らして、それぞれの国の特許法を準拠法として定められるべきとし、特許法35条の適用または類推適用を否定し、また日本における特許について、Yに特許を受ける権利を承継させた場合の特許法35条3項にいう「相当の対価」の算定につき、その額は発明を排他的に独占することによって得られる利益に、使用者の発明に対する貢献を考慮した額であり、その額が客観的な市場価値と異なるとしても憲法14条1項に反しないとした上で、個々のライセンス契約からYが得た利益を基礎として、Yの貢献度(全体の80%)を考慮して算定した事例。
参照法条 特許法35条
労働基準法2章
労働基準法3章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 職務発明と特許権
裁判年月日 2002年11月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 16832 
平成12年 (ワ) 5572 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1807号33頁/タイムズ1111号96頁/労働判例842号5頁/判工
審級関係 控訴審/東京高/平16. 1.29/平成14年(ネ)6451号
評釈論文 阿部一正・NBL751号4~5頁2002年12月15日/高畑洋文・ジュリスト1261号197~200頁2004年2月1日/生田哲郎、山崎理恵子・発明100巻2号94~95頁2003年2月/石井康之・CIPICジャーナル136号1~18頁2003年5月/村田哲哉・時の法令1680号53~57頁2002年12月30日/茶園成樹・知財管理53巻11号1753~1758頁2003年11月/長谷川俊明・国際商事法務32巻1号75頁2004年1月/土肥一史・判例評論541〔判例時報1843〕202~206頁2004年
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-職務発明と特許権〕
 各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという、いわゆる属地主義の原則(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)に照らすと、我が国の職務発明に当たるような事案について、外国における特許を受ける権利が、使用者、従業員のいずれに帰属するか、帰属しない者に実施権等何らかの権利が認められるか否か、使用者と従業員の間における特許を受ける権利の譲渡は認められるか、認められるとして、どのような要件の下で認められるか、対価の支払義務があるか等については、それぞれの国の特許法を準拠法として定められるべきものであるということができる。
 そうすると、特許法35条は、我が国の特許を受ける権利にのみ適用され、外国における特許を受ける権利に適用又は類推適用されることはないというべきである。
 したがって、本件請求のうち、外国における特許を受ける権利についての特許法35条3項に基づく対価の請求は理由がない。〔中略〕
 特許法35条1項によると、従業者の職務発明について使用者は無償の通常実施権を取得するのであるから、特許を受ける権利の譲渡によって得られる利益は、発明を排他的に独占することによって得られる利益である。また、従業者の職務発明について使用者が無償の通常実施権を取得するのは、使用者が、その発明について、貢献することがあるためであるが、その貢献にもいろいろな程度のものがあるから、無償の通常実施権とは必ずしも対価関係に立つものではなく、無償の通常実施権の取得を上回る貢献があり得るのであり、このような貢献による価値は使用者に帰属すべきものである。したがって、使用者が従業員から特許を受ける権利の譲渡を受けた場合の「相当の対価」の額は、発明を排他的に独占することによって得られる利益に、上記の使用者の発明に対する貢献を考慮した額となるというべきであり、特許法35条4項が、同条3項の対価の額は、発明により使用者が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならないと規定しているのは、このような趣旨によるものであると解される。〔中略〕
 原告が予備的に主張する、個々のライセンス契約に基づいて被告が得た利益の額を算定し、それを基礎に「相当の対価」の額を算定する方法については、個々のライセンス契約に基づいて被告が得た利益の額は、使用者が発明の実施を排他的に独占することによって得た利益の額であるということができるから、合理的な算定方法である。
 なお、複数の特許発明がライセンスの対象となっている場合には、「使用者が受けるべき利益の額」の算定に当たっては、本件各発明がライセンス契約締結に当たって寄与した度合を考慮すべきであり、本件発明1に係る日本国特許については、前記1で認定した事実のうち、CD関連製品に実施され、他社とライセンス契約を締結し実施料収入を得ていること、代替技術が存在するものの、簡便かつ安価な光ピックアップを実現可能にした発明であること、特許権の設定登録後、無効審判請求がされておらず、無効理由があるとは認められないことを上記算定に当たって考慮すべきである。〔中略〕
 包括的クロスライセンス契約とは、当事者双方が多数の特許権を相互にライセンスする契約であるが、この場合に一方当事者が自己の特許権を相手方にライセンスしたことによって得るべき利益は、相手方の特許権を実施できること、すなわち、それによって相手方に支払うべき実施料の支払を免れたことにあると解される。そして、証拠(〈証拠・人証略〉)によると、 包括的クロスライセンス契約を締結するに際して、互いに特許権を実施することによって受ける利益を厳密に比較して締結するとは限らないし、契約締結後にライセンスを受けた特許をどのように実施するかは、経営判断の問題であり、両者において同程度の実施となる保証はないものと認められるから、相手方に対して支払を免れた実施料の額が、相手方が支払を免れた実施料の額と一致するとは限らない。したがって、相手方が支払を免れた実施料の額をもって直ちにクロスライセンス契約による利益の額ということはできない。もっとも、包括的クロスライセンス契約が合理的な経営判断に基づいて締結される以上、両者の利益の均衡ということも、無視できないものと考えられるから、相手方が支払を免れた実施料の額は、包括的クロスライセンス契約によって受けた利益の額を算定するに当たって、1つの資料にはなるものというべきである。〔中略〕
 被告規定に基づいて実績補償金が支払われている限り、「相当の対価」の少なくとも一部が支払われており、「相当の対価」の額が定まらないから、原告が特許法35条3項に基づく相当対価請求権を行使することは現実に期待し得ない状況であったものと認められる。
 本訴が提起されたのは、本件発明1については、平成10年であり、本件発明2、3については、平成12年であるから、上記相当対価請求権については、いずれも起算点から10年を経過しておらず、消滅時効は完成していないものというべきである。