全 情 報

ID番号 08103
事件名 嫌煙権侵害排除措置等請求事件(2918号)、他事件
いわゆる事件名 京都簡易保険事務センター(嫌煙権)事件
争点
事案概要 郵政事業庁の職員でありA事務センターに勤務しているXらが、同センターの庁舎内部における受動喫煙によって健康上の被害を被っているとして、国Yに対して、主位的には安全配慮義務違反、予備的に人格権である嫌煙権または不法行為に基づき、全庁舎内部を禁煙とする措置をとること、およびYが安全配慮義務を怠ったことによる損害賠償等を求めたケースで、現時点では同センターの庁舎内を全面的に禁煙としないことが、Xらに対する安全配慮義務に違反し、違法であるとまでいうことはできない等として、Xらの請求が棄却された事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2003年1月21日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 2918 
平成8年 (ワ) 3144 
平成9年 (ワ) 709 
裁判結果 棄却(2918号)、棄却(3144号)、棄却(709号)(控
出典 労働判例852号38頁
審級関係
評釈論文 小畑史子・労働基準55巻12号33~38頁2003年12月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 被告は、原告らを任用しているところ、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設又は器具等の設置管理に当たって、公務員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている(最高裁判所昭和48年(オ)第383号同50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁)。
 この安全配慮義務は、もともとは、係る義務違反によって損害を受けた者の国に対する損害賠償請求の場面で認められてきたものではある。しかし、生命、健康等に対する現実的な危険が生じているにもかかわらず、国が公務員の生命、健康等を危険から保護するための措置を執らず、それが違法と評価される場合であっても、安全配慮義務を理由に危険を排除するための措置を執ることを求め得ないのであれば、公務員の生命、健康等の保護に十分ではないことを考慮すると、このような場合には、安全配慮義務を根拠に、上記の措置を執ることを求め得ると解する余地はある。
 イ また、前記認定の受動喫煙の危険性を考慮すると、受動喫煙を拒む利益も法的保護に値するものとみることができ、「嫌煙権」という言葉の適否はともかく、その利益が違法に侵害された場合に損害賠償を求めるにとどまらず、人格権の一種として、受動喫煙を拒むことを求め得ると解する余地も否定することはできない。
 ウ しかし、前記認定の受動喫煙による健康被害も、一般的、統計的な危険性であって、ETSに暴露される者に、暴露時間、暴露量等にかかわらず現実的な危険が生じるというものでもないこと、喫煙は単なるし好であるとしても、現時点においては、社会的には許容されている行為であって、職場以外でETSに暴露されることもあり得ること、快適職場指針やガイドラインにみられるように、職場における受動喫煙対策の主流は空間分煙であること等を考慮すると、被用者をETSに少しでも暴露される環境の下におくことが安全配慮義務に反するものであり、違法であるとはいうことができない。
 エ そして、本件センターにおいては、前記認定のとおり各階に喫煙室が設けられ、平成10年3月ころを境に、喫煙者は、換気装置を設けた喫煙室(及び食堂の喫煙席)でのみ喫煙をするようになり、現時点では空間的な分煙は図られており、そのような状況は今後も継続することが期待できる。また、喫煙室から漏れ出すETSがいくらかは存在するにしても、その量及び濃度はわずかであって、原告X1の訴える被害も一時的な不快感にとどまる上、原告X1が日常執務する席は喫煙室からは遠く、そこから漏れ出してくるETSに暴露される程度は低いこと、原告X2についても、その化学物質過敏症による症状が本件センターにおける受動喫煙と因果関係があるとまでは認められないことを総合考慮すると、本件センター庁舎内の現状程度の分煙をもって、原告らに対する安全配慮義務に違反し、違法であるとまではいうことができない(なお、食堂については、原告らにおいて、その利用を余儀なくされていることを認めるに足りる証拠はないところ、食堂の利用を避けることによって、食堂における受動喫煙を避け得ることを考慮すると、食堂における空間的分煙が十分ではないことが、直ちに違法であるとはいえない。)。
 オ 結局、現時点では、本件センターの庁舎内を全面的に禁煙としないことが、原告らに対する安全配慮義務に違反し、違法であるとまでいうことはできないから、原告らの禁煙請求は(不法行為に基づくものも含め)理由がない。