全 情 報

ID番号 08153
事件名 補償金請求事件
いわゆる事件名 オリンパス光学工業事件
争点
事案概要 顕微鏡、写真機等の製造販売を主たる業務とする株式会社Yの元従業員X(平成6年退職)が、研究開発部に在籍中に(昭和52年)「ピックアップ装置」と称する発明を行ったが、発明規定に基づいて、Yは右発明について特許を受ける権利をXから承継しこれについて補正を加えて特許出願して特許を取得したため(昭和61年)、XはYから同じく発明規定に基づき出願補償金、登録補償金、工業所有権収入取得時報奨金として合計21万1千円の支払を受けた(Yは本件特許を含むライセンス契約を他社と締結し、特許権実施収入を受けていた)が、特許法35条3項(「職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する」)にいう「相当の対価」は2億円であるとしてその支払を請求したケースで、原審、原々審ともにXの請求を一部認容したが、最高裁も、特許法35条の趣旨に照らせば、使用者は、職務規則などにより従業者の職務発明についての特許を受ける権利などの使用者への承継、対価の支払い、額、支払い時期などを定めることができるが、勤務規則等に発明についての報償の規定があっても、当該報償額が同法の定める「相当の対価」額に満たなければ、発明者は使用者等に対し不足額を請求できるとし、結論として原判決を相当とし、Yの上告理由を退けた事例。
参照法条 労働基準法2章
特許法35条3項
特許法35条4項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 職務発明と特許権
裁判年月日 2003年4月22日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (受) 1256 
裁判結果 上告棄却(確定)
出典 民集57巻4号477頁/時報1822号39頁/タイムズ1121号104頁/裁判所時報1338号5頁/金融商事1185号30頁/労働判例846号5頁/労経速報1833号24頁/第一法規A
審級関係 控訴審/東京高/平13. 5.22/平成11年(ネ)3208号
評釈論文 永野周志・法律時報75巻12号112~115頁2003年11月/永野秀雄・労政時報3594号31~40頁2003年7月18日/奥野寿・日本労働法学会誌102号201~210頁2003年10月/金山直樹・判例タイムズ1145号95~101頁2004年5月15日/上田和弘・時の法令1690号41~45頁2003年5月30日/長谷川浩二・ジュリスト1251号172~174頁2003年9月1日/飯塚卓也・月刊監査役474号70頁2003年6月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-職務発明と特許権〕
 特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照)、職務発明について特許を受ける権利及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図った規定である。すなわち、(1) 使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項)、(2) 従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項)、その反対解釈として、職務発明については、そのような条項が有効とされること、(3) 従業者等は、職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項)、(4) その対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定している。これによれば、使用者等は、職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく、使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において、特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり、また、その承継について対価を支払う旨及び対価の額、支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。しかし、いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであって、上述した同条の趣旨及び規定内容に照らしても、これが許容されていると解することはできない。換言すると、勤務規則等に定められた対価は、これが同条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別、それが直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり、その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができるのである。したがって、勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。
2 本件においては、前記第1の2のとおり、上告人規定に、上告人の従業者がした職務発明について特許を受ける権利が上告人に承継されること、上告人が工業所有権収入を受領した場合には工業所有権収入取得時報償を行うものとするが、その上限額は100万円とすることなどが規定されていたのであり、また、被上告人は、上告人規定に従って、本件発明につき報償金を受領したというのである。そうすると、特許法35条3項、4項所定の相当の対価の額が上告人規定による報償金の額を上回るときは、上告人はこの点を主張して、不足額を請求することができるというべきである。〔中略〕
 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については、同条4項の規定があるので、勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが、対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって、勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは、勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないというべきである。そうすると、勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。